「そういえば貴様に使用人を付ける事にした」 「は!?別に自分の事くらいできますよ?別に、そんな」 「そういう訳にはいかん!」 「いやいや迷惑になるし、大丈夫ですって」 「ならん!」 「うぅ…遠まわしにいらないって言ってんのにもう…」 というようなどうしようもない話を勇さんとし、そしていつも通りに押しきられたそんな日。 ていうか”そういえば”で簡単に流されてしまったが、いやいやそんな簡単に決められる事ではないだろうに! そして私はお世話されるほどなにかをやったりもしてないんだけど、ただの居候だしなぁ。 そんでもって勇さん言いたい事だけ言って仕事に行くの止めてほしいなぁ、あの性格どうにかならないのか。 まぁ、今更変わったとしても、それはそれで微妙な気持ちになるだけに違いないんだけどね。 そんなこんなでがまったく、と息を着いた時、 使用人宿舎はおとぎの国からやってきたと言う姫君の世話を任せられるのは誰かと言うことでかなりの盛り上がりを 見せていた。 千富から正式に通知が言い渡されるまではまったく予想も出来ないこの通知にざわざわしているのは はるやたえも同じだった。 「・・・・はる、はる?こちらへ来なさい!」 「た、たえちゃん!どうしよ!?ま、まさか私が・・・?!千富さん本当ですか?」 「ええ、勇さまがあなたとなら姫君も満足するだろう、と」 「良かったじゃない、頑張りなさいよ」 「たえちゃん、そんな他人事みたいに・・・」 「だって他人事だもの」 ざわついていた使用人宿舎が、千富がはるの名前を呼んだ瞬間静まり返った。 ううう、勇さま、使用人の名前、私しか知らなかったからじゃないかなぁ、などとつい考えてしまうが、 指名された事は事実で、逃げようもない現実なのだから仕方がない。ふぅ、と一息して、前を見据える。 頑張るしかない!と意気込むはるを前に千富は言った。 「まだ私もお会いしたことが数回しかないので、どのような人なのかは分かり ません。しかし真心を込めればきっと分かってくださいますよ」 そして口では軽い事を言いながらも内心心配なのであろう、そわそわとしているたえに向きなおって 言った。 「たえ、初日はあなたも着いていってやりなさい。二人なら大丈夫でしょう」 たえは驚き顔を上げたけれど、驚きはすぐに消えて笑顔になった。 そして「分かりました。お任せください」と言ってやる気十分と言った顔になる。 横に立っていたはるは、安心の為かほっと安堵の表情を浮かべた。 千富が解散を告げると、それぞれの持ち場へ戻り仕事に入る使用人たち。 はるは持ち場に付こうとするたえを呼びとめて尋ねる。 「たえちゃんは見たことある?おとぎの国の御姫様」 「ないわね。姫君だけあって奥ゆかしいのかあまり部屋から出てこられないそうだし…」 「でも勇さまの奥様になる訳だから、私は強い方なんじゃないかと思うんだけど…」 「勇さまの女性版ってこと?…恐ろしいわね」 「確かに…。どうしよう、なんかますます不安になってきちゃったんだけど・・・」 勇さまの奥様になられる方は突然やって来られた。おとぎの国と言われるところからやってきた姫だそうで、 絵本にもなっているしらゆきひめと言う姫らしい。 そして屋敷の中にいると言うのに滅多にお目にかかれない、その為その姫は 謎に満ちていた。 知っているのはしらゆきひめという事だけ。 そう、勇さまが異国のお話の本を私に預けてくださったが、まさにその絵本の主人公だ。 確か教えて頂いた冒頭の文は…あるところにそれはそれは美しい妃がおりました。 その妃は生まれてくる赤ちゃんに、雪のように白い肌を持ち、つややかな黒い髪 、そして真っ赤に熟れた林檎の様な唇を持った美しい子に生まれてきますように、と願い、そしてその通り美しい娘が 生まれた。それがしらゆきひめ・・・だった様な。 そんな事をはるは自分の頭の中で思い、首を傾げた、残念ながら異国語を完璧に理解できるほど自分の頭は良いように出来て いない。まぁ、大体分かってればいいのだ、うん。 生まれも高貴にして容姿も美しいとなると、かなり緊張する。 それに勇さまがかなり気に入っておられるところから見てもきっと勇ましく強いはっきりとした女性に違いない。 そう思うとたえが着いてきてくれる事はとても良い事に思えた。 * そうして初めて顔を会わせる日がやってきた。朝ベットから降りて、身なりを整 えて鏡の前に立つ。よし!頑張れ私! 朝はいつも通りの仕事をする。朝食が終わり、その片付けに追われていた時だった。 重ねた皿の上から、フォークとナイフが落ちそうになった。 あ!っと思った時にはナイフが皿から落ちてしまっていて、もう拾い上げるには間に合わない。 しかもここは絨毯ではなく大理石の床。 音が鳴り響けば、それに気がついた誰かに叱責を受けてしまう事になるだろう。最近はあんまり怒られる事もなくなって、 ちょっとここの職場にも慣れてきたかな、と思った矢先だったのに。 そう思って、きゅっと目を瞑る。が、一向に床に落ちたナイフが響く音がしない。 そっと目を開ければ、下にしゃがみこんでナイフを拾う人がいた。 その人は笑顔でこちらを見上げてきた。 「はい、これ。危なかったね〜セーフだったよ・・・!」 「す、すみません!」 「いいえ〜・・・あっこんな時間!見送り行かないとうるさいんだよねあの人。 もう落とさない様にね!じゃあ!」 嵐の様な人だなぁっと思った時にはもうその人はいなくなっていて、 満足にお礼も言えなかったと気がついたのは、そのさらに後だった。それにしても誰だったんだろう?見ない顔だったし、 ここに屋敷に出入りしている関係者なのかな?と思っていると、廊下の向こう側からはるを急かす声が聞こえてきて、 慌てて皿を運ぶのだった。 姫とお会いして紹介を受けるのは昼過ぎの予定だった。 千富さんと、姫の時間が空くのがちょうどそれくらいだということだったからだ。 ぼんやりとどんな人なんだろう・・・良い人だと良いなぁ、などと考えて上の空の私に後ろから声がかかる。 たえちゃんだ。 「あんた大丈夫?姫って事は相当難しい人よ?ちょっとの失態も許されないし、それが広がったら勇さまから も強い叱責を頂く事になるんだからね!」 「うん。でも大丈夫、頑張るしかないし!一生懸命やるしかないもの!」 「まぁ、いつも通りにとにかくあんたらしくやればいいのよ。その前に・・・・・・・まずは落ちついた方がいいわね」 「う・・・」 一生懸命やろう!という意気込みで箒をぶんっと掃いてしまい、今まで集めた塵がばさっと散らばったのを見て、 たえちゃんはため息と共にそう助言をくれた。 自分では大丈夫とは言ったものの、動揺を隠し切れてないみたいだ。 こんなんで大丈夫か?と言いたげなたえちゃんの辛辣な視線を真正面から受け止めてしまった。 気まずい空気があたりを包んで、不安が増した時に千富さんがこちらへ近づいてきた事に気が付いた。 「あなたたち、こんなところにいたのですか?もう時間ですよ」 「あっ、はい!すみません!」 「とうとう来たわね・・・・はる」 「な、なに?」 「行くわよ!完璧にやりきってやるわよ!」 「うん!頑張る!」 屋敷を早足で歩く千富さんを追いながら、御兄弟の部屋のある階へ来て、あるひとつの部屋の前に千富さんは立つ。 隣でたえちゃんが息をのむ音がした。千富さんは、 では、いきますよ、と小声で私たちに呟いたと思うと、扉を小さく2回叩いた。すると中から声がして、どうぞ、と聞こえた。 すでに緊張は最絶頂だ。どきどきと高鳴る心臓を押さえていると、千富さんが失礼いたします、と言って扉を開ける。 私とたえちゃんは揃って頭を下げる。そして3呼吸置いて、顔を上げる。 「・・・・・あ!さっきの!」 「あ、今朝助けてくださった・・・!」 そこには想像とは違ったにこやかな笑顔を持つ彼女がいた。 紅茶の入ったポットを持って振り返った彼女は今朝ナイフを拾ってくれた親切な彼女だった。 鮮やかに笑って見せて (back) |