「ふむふむ、そうやるのか。なるほどー・・・」 「あの、さま?」 「ちょっとだけ見学させてくれませんか?」 「え、ええと・・・うう、たえちゃん・・・」 「なによ」 「さまがこんな所にいるって・・・大丈夫なのかなぁ」 「だ、大丈夫な訳ないでしょ!私だって焦ってるわよ」 アイロンがけをする2人の横にそっと座って、その作業を見守る。 そうかこの時代は炭火アイロンなんだなぁ・・・と、皺を失くしていく作業を覗きこんでいると、危ないですよ!と 2人からの声が飛んでくる。 しかし、この量は半端ないなぁ。屋敷の大きさに比例しているのか。 シャツだとか、制服とか、いっぱいあってこれを2人で片付けるのは とても大変な事だと、見ただけで分かる。ましてや、現代の便利な電気アイロンじゃないから、さらに大変だ。 炭の扱いもめんどくさいし、なかなか一発では伸びない皺に悪戦苦闘ばかりだ。 「スチームがあれば良かったのに。そしたらすぐに終わるのに」 「すちぃむ?なんですか?・・・・・あ、すみません、質問は・・・」 「そんな、気にしないで。質問大歓迎だよ」 「すみません、この子まだ入ったばかりで!」 「大丈夫だってば。スチームっていうのは蒸気で皺をなくすやり方。結構楽に皺が取れるから便利だよ」 「へぇえ。便利なものがあるんですねぇ・・・」 「あ、霧吹きでなら出来るかも!ある?」 「ええ。取ってまいりますね」 たえさんが部屋を出ていく。はるさんはそのまま炭火アイロンを持って、シャツに付いた頑固な皺を取ろうと躍起に なっている。それを微笑ましい気持ちで見守っていると、 たえさんが数分も経たないうちに手に霧吹きを持って部屋に帰って来た。 「持ってまいりました。それで、これを・・」 「簡単だよ。まずシャツにしゅっしゅっ、と。これでアイロンかけてみて」 「・・・・・・・・わ!すごい!皺が綺麗に・・!」 「へぇええ、すごい便利ね!・・・っ、失礼しました、つい」 「いいのいいの!2人の役に立てたならそれで大満足だから!」 わぁっと広がる空気に思わず笑みがこぼれる。 炭火アイロンを持ちながら、はしゃぐのは何とも言えない感じだけれど、喜んでもらえた事が 嬉しい。 そんな事を思っていると、2人が笑顔を止めて少し驚いた顔をした。 「どうか?した?」 「・・・・・・その、さまって、」 「こら、余計な事言うんじゃないわよ、はる!」 「え、なに?たえさんもはるさんも」 「あの、さまは勇さまの奥さまになるんですよね、あのあんまり、強くな、ちょたえちゃん!」 「馬鹿な事言ってるんじゃないわよ!すみません、この子まだ入ったばかりで」 「たえさん。それさっきも言ったよ。動揺がこっちにまで伝わってくるんだけど」 「気にしないでください!ええ、本当に!なんでもないんで」 「そう?なにかあったら言ってくださいね」 「・・・・・あ」 「・・・・・え?」 「そ、それです、さま!私たちには敬語や敬称はつけなくてもいいんですよ!」 「さん、はいらないんです。呼び捨てで構わないので!」 「で、でも・・・私がここで生活出来てるのは2人みたいな人が支えてくれてるからだよ」 「・・・・・・・」 「だからそんなこと出来ないの。感謝してるよ、たえさん、はるさん」 「「さま・・・!」」 感極まったという表情を見せる2人の手をぎゅっと握る。 そうだ、ここに来て何かと助けてくれるのはこの2人だ。勇さんに使用人なんていらない!とは言ったものの、 ここの生活様式もまったく分からない私にとって、あれやこれやと世話を焼いてくれた彼女たちはやっぱり 有難い存在だった。 勇さん珍しくグッジョブである。 しかしお世話までは大丈夫だからと断っているのにも 関わらず、毎日違う人がお部屋の掃除をしてくれるのはなんでなんだろうか・・・・? 疑問は数限りなくあるけれど、 あまり屋敷から、というか部屋から出ない私に対して良くしてくれているので、本当に感謝している。 それが仕事だとしても、人として最低限の礼儀だけは忘れたくはなかった。 使用人という身分が決して高くないのは、私だってここで過ごして見れば分かる。 でも使用人と言う仕事がとても大変で、そして素晴らしい仕事だということは理解しているつもりだ。 ここの人たちはあまりそう思ってなさそうだけど。 勇さんとかほんと酷いもんね! 「よし、はる!ちゃっちゃとアイロン終わらせて、さまのお茶の時間にするわよ!」 「うん!頑張ろう、この洗濯物の山もすぐに終わるよ!」 「ええと、その無理しない程度に頑張ってね・・・」 作業が真剣味を増してきた所で、2人は無言になって取りかかり始めた。 元々手際が良いだけあって、たえさんの前に出来ていた山はどんどんと小さくなっていく。 はるさんは今年入ったから、たえさんの様には出来ないけれど、それでも必死になってアイロンを掛けていく。 本当に頑張ってるなぁ・・こういう人たちこそ、なにか御褒美があればいいのに。 うんうんと1人頷いていると、扉が開く音が聞こえた。 ぎぃい、と重い古めかしい音に気が付いて私が顔を上げると、目の前の2人は 揃いもそろって真っ青な死んだ様な顔をしている。 えええ、どうしたというのだろうか。さっきとはまったく違った表情に、恐ろしくなり、あまり振り向きたくはない。 だけれど、どんな恐ろしい般若が私の背後に待っているかと思うと、振り向かざるを得ない。 私は覚悟を決めてえいっと振り返った。 「なんだ勇さんかぁ・・・・」 「勇さま!こ、これは・・・!」 「あの、違うんです!」 扉の開いた先には軍服のままの勇さんがいた。 先程帰宅して私がいない事に気が付いたんだろう。いつも出迎えないと「どこにいる!」と大変な事になるしなぁ。 それにしたって勇さんは、私の居場所を探すのがすっごく得意だ。 そんなこんなで何時もと同じだ、般若でも鬼でも化け物でもなかったと、安堵のため息を吐いて元の視界へと戻った私とは違い、 2人は炭火アイロンを投げ出す勢いでわたわたと弁解を始めた。 あれ、2人とは間逆の対応をしてしまったのだが。首を傾げていると、背後からものすごい怒声が聞こえてきた。 「!使用人の仕事部屋に入るとはどういう事だ!」 「ど、どういう事ってどういう事ですか?なにか問題が?」 「あの勇さま、さまは・・・!」 「騒ぐな、うっとおしい!見苦しい真似をするな」 「はい・・・申し訳ありません」 「ちょっと、勇さん!はるさんに向かって」 「貴様は使用人に向かって敬称を付けているのか?」 「付けてますよ」 「ならん!そのような軟弱な事をしているから」 それから先は勇さんの声は聞こえてこなかった。否、聞こうともしなかった。 頭の中を確かに通って行くのに、それは吸収をしようとはしない。 現代では味わう事のない身分差を目にした事のショックでもあったし、自分に良くしてくれる勇さんが 身分が違うからという理由で理不尽に怒鳴った事も、そして2人が私のせいで怒声を浴びるのも全て、 嫌だと思った。 だから知らず知らずのうちに低い声が私の口を飛び出していた。 「なんですか、敬称をつけたり仕事部屋に入るのは駄目って・・・・」 「頑固だな。こやつらと、俺たちとでは身分が違うのだ、分かるな」 「分からないですよ、そんなの!身分が違うからって一方的に押さえつけたり・・・」 「さま、大丈夫ですよ。勇さまは正しい事を言っておられるのですから」 「そりゃ身分は違うけど、もっと思いやりを持つべきじゃないの?!」 「思いやりなど、」 「・・・じゃあ、言いますけど、勇さんの軍服がいつもピシッとしてるのはなんでだと思います!?毎回のご飯はどうして出てくるんです? 屋敷の中がいつも綺麗なのは?布団がいつもふかふかなのは?全部、使用人の方たちが頑張ってくれているからですよ!」 「さま・・・」 「そういうことも分からなくて、どうするんですか!こんな小娘に言われっぱなしで情けないと思いませんか!」 ばばばっと頭に浮かんだ言葉をそのまま投げつけてしまって、みっともないと思ったけれど、それでも 止まる事なんて出来そうにもなかった。 ちょっとづつ視界は潤んで、歪み始めていた。 後ろで息をのむ声がする。あーあ、喧嘩しちゃった、と頭の中は酷く冷静だった。 遅かれ早かれ言わなくてはいけなかったのだ。そんな身分差はいらないって。 身分は確かにあって、大切かもしれない。でも本当に大切なのは、身分差があっても相手を思いやれるかどうか、と言う事だ。 俯いていた顔を上げると、怖い顔をしていた勇さんが急に情けない顔になって、こちらへ近づいてくる。 「・・・わ、分かった。俺が悪かった。だからもう泣くな」 「っ、泣いてなんていません、よ!勇さんのばか」 「ば、馬鹿だと?!」 馬鹿という言葉に反応して、また勇さんの眉がつり上がったけれど、代わりにへにゃっと眉が下がった私の表情を 見て、眉を吊り上げるのを止める。 そのままぎこちない様子で私の頭に勇さんの手が伸びる。 よしよしと言うように慣れない力加減で頭を撫でられる。 これは・・・慰められているのだろうか。いや、でも原因はその頭を撫でている本人である。 しゃくりあげる私とおろおろする勇さんの図は普段の勇さんを知っている人から見れば、驚きの映像だったであろう。 現に私の後ろの2人は、存在を失くしたかのように静かに黙りこくっている。 「う・・・勇さん、もう怒ってないですか?」 「お、怒ってなど最初からいない。部屋に戻るぞ」 「はい・・・・」 立ち上がれば、ぐいっと引かれる腕。手首をぎゅっと握られて、あれ、これって連行されてるみたいじゃない? 勇さん軍服のままだし、余計にそれっぽい。そんなに楽しげに言う事でもないか。 はぁあ。今日は廊下ですれ違う他の人には変な目で見られるし、不可抗力で勇さんには泣き顔見られるし、もう散々だ。 たえさんとはるさんには悪い事したなぁ・・・。また今度謝ろう。 そうしてからちょっと早いスピードで歩く勇さんの横に行き話しかける。表情を見るに、もう怒ってはいないみたいだ。 「それにしても今日は早いんですね、あ。おかえりなさい」 「うむ、今日は仕事を早めに切り上げてきたからな」 「最近それ、多くないですか?大丈夫です?」 「問題ないであろう」 「いや、貴方じゃなくて、部下の方とかそっちの方を心配したんですけどね・・・まぁいいか」 声をお聞きになって? 「勇さまを黙らせるなんて・・・さまって強くはないけど、凄いね・・・」 「というかあの仲睦まじい様子、見せつけられた気がするわ・・・はぁ」 (back) |