「おかえりなさいませ、勇さま」
「千富、・・・・あやつは?」
「心配されなくてもじきにいらっしゃいますよ、あぁ、ほら。では私は失礼いたしますわね」

「勇さーん!おかえりなさい」
「ああ、。今、帰った」
「・・・・ん、勇さん」
「なんだ?」



いつものようにお仕事から帰ってくる勇さんの出迎えをした時のことだった。
なんだかいつも元気で血色がよい勇さんの顔色がよろしくない。・・・・そこに疑問を持ちつつ、名前を読んでみるが、 勇さんはいつも通りの顔で、こちらへと手を伸ばしてくる。 ・・・ん、とためらえば、少し不機嫌そうな表情を作りつつも、無理矢理抱き込められてしまった。
しかしいつもの体温とは違い少し低い様な気がする。いや、自分は体温計ではないから、そんなに正確には 分からないけれど、少し指先も冷たい。
そしてなにより、むっと香るこの鉄くさい・・血の匂いがした。



「勇さん!なんか、怪我・・・してません?血の匂い」
「これか。今日の訓練中に少し剣の先がかすってな」
「な・・・それ、」
「気にする事はない、ほんのかすり傷だ」
「や、でもすごい血の匂いします!」
「だからどうしたというのだ?これくらいはいつものことだ」
「・・・・・・・」
「ああ、血の匂いで不快にさせたか?これでも拭ったのだが」



抱き込まれたまま上から落される声に、きゅっと勇さんの軍服の裾を握る。少し皺が寄ってしまった。
軍人なんだから怪我をする事は当たり前だけど、私の世界ではなかったその「当たり前」が重くのしかかる。 自分の事には本当に無頓着であるというか、気に掛けないというか、なんでそう言う風なのか、とか 勇さんを心配するこの気持ちを分かってくれない勇さんに少し苦しくなってしまったというのもある。

黙り込んでしまった私を訝しげな声で問う勇さんは分かってない。不快とかじゃない、急に心配になってしまったから。 少し、じゃないだろうこの匂いは。血がたくさん出たから顔色も悪いのだし。
私に構っている場合ではない。はやくきちんとした手当してもらわないと。



「千富さんに・・・、お医者さまを呼んでもら、」
「いや、いい。今日は久しぶりに早く帰宅できたからな、ゆっくりしたいのだ」
「・・・っ!ゆっくりしている場合ではないです!早く治療してもらわないと。呼んできます」
「あ、おい・・・!待て、!」



ぐいっと思いっきりの力で勇さんの胸を押す。不意をつかれた勇さんの腕は案外軽く離れた。
くるっとターンをして、走る。勇さんが名前を呼ぶ声がしたけれど、私は振り返らなかった。
















「あれ、勇兄さん〜?どうしたの、こんなところで突っ立って。あはは、ちゃんに振られちゃった〜?」
「茂」
「・・・・・・な、・・・・・・なに?」



廊下で突っ立ったままの勇兄さんに声を掛けたのが間違いだった。
そして、掛けた言葉も結構間違いだったらしい。
激情っぷりが売りの勇兄さんがここまで静かでいることが まずちょっとおかしいと気付くべきだったのだ。
地を這う様な声で自分を呼ぶ勇兄さんから一瞬でもいいから早く離れたいと思う事は1回や2回の話しではなかったのに。 しかしもう声を掛けてしまったあの過去に戻る事は出来ない。今出来る事は勇兄さんが今から言う事をなるべく 早く解決へと導くしかないのだ。



「・・・・・・・が、なぜか急に怒り出して、走り去っていったのだが。さっぱりわからん」
「・・・・・・・・・」



最初に掛けた言葉はそう言う意味では間違いではなくばっちり当たりだったらしい。
ちゃんと勇兄さんはわりと仲良く穏やかな(相手が勇兄さんだが、ちゃんのほうがそれを許すくらいの穏やかさなので)生活を過ごしていたと思っていたのだけれど。 まぁ、大方勇兄さんの方がなにかが原因で怒らせることが多いので、今回もそのパターンだ。
多分その、勇兄さんの腕の中にいたのだろうちゃんのいなくなった空間を見つめながら勇兄さんはそう呟くようにして言う。抜けだされて 走り去ってしまった事がかなりの衝撃だったらしい。やや、気持ち的にも落ち込んでいるみたいだ。
こんな様子の 勇兄さんを見るのは、ちゃん関連くらいでしか見られない、珍しい姿だ。


「はぁ・・・・・とにかくその時の事を話して見てよ」
「うむ」


・・・・
・・・・・
・・・・・・・


「と言う訳だ、分かったか、茂」
「・・・・あー・・・・・うん、ええと、それは勇兄さんが悪いんじゃない?」
「なに、俺か?!」



要約すれば、帰ってきて勇兄さんが怪我をしてて、それで急にちゃんが怒りだした、という事なのだけれど、まぁ心配したってことなんだろうなぁとぼんやりしていても 分かる様な結論が出てきた。しかし勇兄さんにはよく分からなかったらしい。
確かに流血沙汰も珍しくはない軍務めであるし、そういう気持ちが麻痺しているといえばそう言う事だ。 いちいちかすり傷で気にしていられないし、そんな事を気にしている暇があれば、ちゃんとゆっくりまったりしていた方が傷の治りも早いということなんだろう、勇兄さん的には。
でもちゃんは違う。あの子は流血沙汰などとは程遠い無縁な匂いがするし、少しの怪我でも本当に痛そうな目で 見る。勇兄さんだけでなくいつだったか仕事で怪我をしてしまった進くんの時もそんな感じだったなぁ、と言う事を 思い出す。要するに慣れてはいないのだ、人が血を流すと言う事に。
やや大雑把で明るく、くるくると回る表情を持つ彼女は少し繊細な性格も併せ持っているのだ。


「勇兄さん、あのね・・・」
















勇さんと別れてから、大急ぎで千富さんの元へと走り、医者を呼んでくれる様に頼んだ。
千富さんは、わかりました、と言い電話を掛けてくれた。 これで大丈夫ですよ、と言われてしまえば、もう私にできる事はない。 大人しく部屋に戻って、ソファーに座りこんだ。


そんなこんなで、雅くんに借りた本などを気を紛らわせるために読んだりして時間を過ごしていれば、ぱたりと静かに扉が閉まる音がした。
膝を抱えてむっとした表情を隠さずに部屋のソファーの隅に寄れば、後ろからすたすたと近づいてくる足音がして、 存外優しげに後ろから手を伸ばされて引き寄せられる。
その優しげな態度に、少し怒りがほぐされようともする。でも。 と意思を強く持ったのだが、その瞬間力の入れが強くなり、ふわっという浮遊感が襲う。



「わっ、ち、ちょ・・・!」
「そう怒るな」
「怒ってないですー」



気が付けばいとも簡単に抱きあげられている自分を認識した。
やはり軍人だけあって、平気そうな顔で私の顔を覗きこんでくる勇さんになんだかとてつもなく悔しい気持ちと 負けた様な気持ちを抱えてしまって、私は素直に顔を見せる事はできなくなってしまった。
時折強引で、基本自己中であるのに、こういうところは子供の様に率直で素直である。



「怒っているではないか」
「そうじゃないですー別に怒ってないですー」
「・・・・・・」



拗ねた態度を隠しきれずにぷいとそっぽを向けば、勇さんは眉をつい、と動かす。
そうしてからそっと腕を今の位置よりも上げて、勇さんの顔の位置と私の顔の位置が一緒の高さまで来る。
え?と疑問に感じていると勇さんは、そっと肌を寄せて頬擦りをしてきた。



「ちょ、いさ、勇さん?!」
「暴れるでない」



いつもとは間逆の静かな行動であったので、随分と動揺してしまった。
愛しげに頬を寄せてくるので、いつもの勇さんとは違う気がして、突然のその行動にびっくりしてしまったというのもある。 ペットかなにかを相手にするかのように、癒された様な、そして優しげな表情をするので、私はその衝撃を 受け止めきれずにあたふたするしかなくなってしまった。しかしその衝撃が終われば、 私は腕組みをしたまま、ぶすっとした顔で、口を開く。



「治療きちんと受けたんですよね?」
「ああ、きっちり受けたぞ」
「ふぅ・・・・良かったです」
「心配したのか?」



少し悪戯っぽそうに、しかし返事は分かっているはずなのにそう聞いてくる勇さんの顔にすごく腹が立った。
それと同時に酷く安心してしまって、不機嫌そうな表情ばかりをしていられない心境になってしまった。 ゆるりと表情が溶けてしまえば、ちょっと泣きそうになってしまって、得意げにしていた勇さんの表情が 少し慌てたものになる。



「な、なんだどうした?!貴様も怪我をしたのか?」
「ちがいます・・・」
「なら、」
「良かったです、怪我、大事じゃなくて」
「・・・・!」



抱きあげられたままで、腕を組んで意地をはっていたその腕を勇さんの首の後ろに伸ばして、顔を肩に埋める。
ちょっと温かいなにかが目から流れた様な、そんな気もしたけど、それには気が付かないふりをして、顔を伏せ続ければそれは 勇さんの肩口に染み渡った。
その後ろからとんとんと手が背中に置かれて、やっぱり少し安心した。良かった。ほんとに。













その柔らかな体温を

      感じさせて?



  




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