「あれ、またこんなところで、」
「・・・・・・・・・・」
「っと、とと、眠っていたか」




縁側に回ればすやりと無防備に惰眠を貪っている彼女を見つけた。
まだまだ寒さは厳しいというのに、陽が最大限に昇り暖かい少しの間に昼寝とは、と心配にはなる。 暇さえあれば寝ているような働き者とは到底言えない彼女ではあるが、その素直な言動や欲求に忠実な性格は 特に毛嫌いするほどのものではなく、むしろ九十九丸は好意的にそれを見ていた。
この御時世、素直に素直に育ってきた者は少なく、人を疑いながら生きてきてしまうのが世の常である。 だからこそ、そのような色に染まっていない彼女を好ましく思ってしまうのかもしれない。

・・・・・・・ただまぁ、自分が思う以上に、少し、いやちょっとかなり無防備すぎるところが心配 にもなるのだけれど。 それはまぁ、自分が気を張っていればいい話である、うん。




彼女が眠るその肩からずるりと下がってしまった恐らく布団代わりに被った着物を、 もう一度定位置に戻してやってから、彼女の横にそっと座る。
少しだけ空に目を向ければまばゆいばかりに光が飛び込んでくる。あたたかい。
隣の彼女のすやすやという寝息とどこからか飛んできた鳥の声がぴぴぴと調和してのどかというしかない。 ここは町の中央から少し離れたところにある為にのんびりとした空気が漂う。




ちらり、と眠る彼女を見ればそれはそれは幸せそうに眠っていて、やや微笑んでいるようにも見える。 自然と自分も微笑みの形を唇が作っているのがわかった。

彼女の前髪が垂れ下がっていたのでそれを戻してやりながら、九十九丸はなんだかあったかい気持ちになった。 ん・・・・、と身じろぎをする彼女ではあったけれど目覚める様子はない。 前髪を払った気配だけは感じたのだろうか、でもそれだけでまた深い眠りに入ってしまったようだ。
しかし自分の気配だけは感じ取ったのだろうか、その手のひらにすり、と顔を寄せる。 九十九丸の体温は低い、温かいわけではない。起こしてしまうのではと不安に駆られたけれど、 こうわりと好ましく思っている女人から頬を擦り寄せられると嬉しくもなるのが男の性である。
女人にこんなことをしていいのだろうかと若干の葛藤はあるが嬉しいのに変わりはない。
と、同時に顔がかぁあ、と少し熱くなる。不思議な方だなぁと思わずにはいられないのだ。 こちらの気持ちはまるで知らぬかのようにするりと心に入り込んでくる。
先程も思ったが無自覚がすぎるところがあるために他の男に悪いようにされやしないか、などと心配には思うけれど 九十九丸は若干の胸の疼きは無視をして蓋をすることにする。
あんまり本人のあずかり知らぬところで撫で続けているのもちょっとどうか、と思ったのも確かで、 名残惜しくもあるけれど九十九丸は自分を取り戻して手をひっこめた。



「いかんいかん、どうも彼女といると調子が狂う・・・!・・・・ん?あれ、これは!!」




ふいに、眠る彼女の横に置いてあった煎餅を発見してしまって、腹がぐぅ〜と情けない音を立てる。
そういえばもう昼時である。腹もすくというものだ。
仕方がない、昼時だし、仕方がない、などと誰に言うわけでもない言い訳をしつつ煎餅に手を出す。
皿に盛った煎餅の一枚を手に取り齧ろうとした、その時背後から声が投げかけられた。




「テメ、九十九丸か!?何やってんだよ!」
「け、螢!・・・・いやこれはなんでもないんだ!」



びっくぅ!と体が跳ねるようにして反応してしまったためか不審な表情を浮かべながら螢が大股で こちらへ歩いてきた。
さっきの誰に向けたわけでもない言い訳をまさか数刻後にいう羽目になるとは・・・ なんとも自分の間の悪さに情けなくもなる。
そしてさっきの無断で彼女に触れたという事もあるから少し後ろめたい。 いやあれは無自覚とはいえ彼女からだ・・・などと心の中の言い訳はしまいつつ、慌てて煎餅を皿に戻し 何食わぬ顔で彼の方へと向き直る。
なんやかんやで世話好きでほっとけない性質の螢もちょくちょくこの家を様子見にきているらしい。


「ほー・・・なんでもない、ねぇ・・・・」
「ぐっ、いや・・・ちょ、ちょっと・・・うぬ・・・」




腕を組まれて上から下まで見つめられ、じとーっという目線がとっても居心地が悪い。 いやいや、見られたのは煎餅からだから大丈夫だ!!と自分を奮い立たせて口を開く。



「・・・・腹が減って煎餅を食べようとしていた」
「んな事だろーと思った。九十九丸、お前人の家のもの勝手に食うなよ」
「面目ない・・・もっともだ」



真面目にもっともなことを言われてしまい、その通りだと納得するしかない。
はぁ、と息を着いてうなだれた自分を見て螢はまだ追及の手を止めない。まだなにかあるのか。



「それだけか?」
「それだけ?他に何がある?」
「本当か・・・・なんもしてねーだろうな、コイツに」
「ほ、本当だ!なにもしてない!俺は煎餅を食べようとしてただけだ!」
「本当だろうな・・・」


何気疑い深いこの仲間の視線はつらいけれどここでなにかあったなどと言ってしまえば吊るしあげに合うことも 必須。 九十九丸的にそれは是非とも避けたい事態である。
ははは、と笑ってごまかせば、怪しいな、とかなんとか言いつつ螢は吐かせるのを諦めたようである。 ふぅ、と息を着く。



「ま、昼時だし飯食いに行くか、そいつもな」
「あっ、もしかして螢。彼女を誘いに来たのか!それはそれは」
「バッ、バカじゃねぇの!違ぇよ、近くまで見廻りに来たから様子見しに来ただけだっつの!」
「そ、そうなのか?なら俺も一緒に・・・」



とまで言うと「んん・・・」と身じろぎをして彼女が動く。 ずざざ、と衣擦れの音がすると同時にゆっくりと彼女は手をついて目覚めた。
うるさくしてしまったために起きてしまったのだろうか、と焦るものの、 彼女はぼやぁと焦点の合わない目で俺たちを見やる。




「うるさいなぁ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ、九十九丸来てたのかー!」
「ああ、元気にしてるか、と思って寄ってみた」
「そう!私は相変わらずこんなんで元気にやってるよ」
「そうか、良かった」
「九十九丸こそ大丈夫?おなかすいてない?ケガしてない?」
「大丈夫だ!まぁ・・・腹は空いてることが多いが・・・」
「何かあったら私にも頼ってよね」
「おい、」
「ああ、そうする。この前食べたぜんざいは美味かったな」
「あ、あれ?お隣さんにお餅もらったからね〜、やっぱりつきたては違うよね」


この前お邪魔した時にちょうど彼女が作っていたぜんざいの味を思い出して、じゅるると 口の中にあの味が思い起こされる。寒い日のぜんざいは最高だ!
あれは本当に美味かった・・・彼女はこと甘味を作ることに関しては秀でている。 料理の味の方は普通だけど、甘味だけは他の誰にも負けないよ!と笑っていたことを思い出す。


「おい!」
「な、なんだ螢。いきなり大声をあげて!」
「お前らが気がついてないだけだろ!」
「螢・・・相変わらず寒い・・そんな格好で大丈夫なの?着物、貸そうか・・?」
「ハァ?!着るものがねぇみたいに言うなよ!俺にはこれが普通なんだよ、寒くなんかない」
「確かに螢の格好は見ているこちらが寒くなるな・・・」
「あはは、季節感まるでないよね〜」




ようやく眠気から解放されたんだろうか、布団代わりにしていた着物を前にかき合わせてそう笑う。
本当にあったかく笑うものだからついつい俺も笑い返す。 ただなんでだろうか、螢と会話している彼女を見ていると、 また胸が少し甘い痛みを伴うのを感じてしまう。
なぜだろうか、と思いつつも自分の顔面は張りついたように笑顔から変わることはなく、 昼飯だーと言いながら立ちあがった螢に頭を小突かれるまで俺は、馬鹿みたいに彼女を見ていたのだった。











思い知れ引き込まれる熱を








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