「ぎゃーーーーーーーーー!なにこの惨状!!!私が留守にしてる間に何がっ」 「あ、おかえりなさい、さん」 「や、おかえりではなくてですね、左京さん・・・」 「私にもどうしようもなくて・・・一応どうにかしようとしたんですが」 「・・・・・・が」 「どうしようもなかったようで」 女の私がほれぼれするような美しさを湛えながら左京さんはにっこりと笑う。 そこは華が咲いたように美しいのだが、その左京さんが座るそこより奥は最初に 言ったように酷いという言葉ではすまない状態だ。 目をそらせない、いろんな意味で。はずしてこのままなかったことにしたいくらいである。 左京さんの後ろには目もあてられぬ光景が広がっていた。 茫然と立ち尽くしていれば、いつのまにか前に来た左京さんが「御愁傷さまです・・・・・」 とポンポンと肩を叩いて慰めてくれる・・・・・・が正直そんなものは関係ない。 左京さんの無言の慰めが逆に悲しくなる。 ひどい有様の掛け軸の前に正座した九十九丸と螢はいつもより小さく見えた。 「・・・・・・」 「「・・・・・」」 「申し訳ありません。ほらお二人も早く謝ってしまった方がいいと思いますよ」 「すまない・・・」 「悪い・・・・」 「・・・・・・・・なぜ、このようなことに・・・・・・・わ、わたしの力作の掛け軸がぁ・・・!」 くらりとめまいがしそうになる。 ばたりと倒れこんでしまいそうになるのをどうにか押しとどめて、私は事情を三人に聴く。 私の部屋の床の間に飾る掛け軸は、正月に書き初めをした時のものだ。 私は今この時代で書道を仕事としているのだけれど、その自分の書道の教室で今年は生徒たちと一緒に書き初めをしたのだ。 一緒に働いている私の先生も「これは良いですね、」とめったにないくらい褒めてくれた珍しい作品でもある。 力強くいい形で書ききることができたので、これは素晴らしい出来だ。正月早々幸先がいいなぁー、これ掛け軸にしよ〜、などと思っていたのだが。 正月早々それは見るも無残な姿へと変わり果てていた。縁起が悪い。 「文字ってなにひとつ同じものが作れないんですよ!あの掛け軸はわりといい出来で気に入っていたのに〜」 「・・・・・・」 「お二人がちょっと口論になりましてね」 「九十九丸と螢が?」 「ぐっ・・・左京・・・・・・」 「おい左京っ!」 「止めようとしたんですが、止めなくてですね、私が代わりに止めました」 「そうなんですか・・・・・・・・・え!?今、なんと?」 「私が止めました」 「・・・・・・・・・まさかそれは・・・、ええとその・・・剣で、ということですかね」 「ええ止めた結果があれです、申し訳ありません」 あんまり悪びれていない表情の左京さんに、気まずい顔の九十九丸と螢をくるりと見回したが、ここに全ての力関係がわかるというものだ。 けろりとそういう左京さんに何か言いたげな二人ではあったが、ぎゅっと拳を握るだけにとどめた。 賢明な判断だと思う、左京さんの目がさっきから笑っていない。表情は確かに笑っているのに、 なぜこんなにも冷たい空気をまとっているのだろうか。 武士は剣で語る、などと格好良いことを言っていた螢の方を見てみるが視線は合わせられない。 しかし止めようとしてなぜ掛け軸が犠牲になるのかがまったくもって不明である。これやつあたりじゃないの? 二人があんまりうるさくしちゃったから、左京さんはつい・・・みたいな。そういう流れのほうがずいぶんと自然だ。 そんなことを考えていたら左京さんに両手を胸の前でぎゅっと握られた。 ひやりとした体温が私の方にまで伝わってくる。女のひとのように繊細で美しい容姿なのに、 その手はやっぱり男の人で硬くて強い。 顔をあげれば真剣な表情の彼がじっと私を見てくる。・・・私なにかしたんだろうか。この場合責めても いいのは私のほうだと思うんだけれど。しかし次の瞬間に左京さんが発した言葉に、私は思い当たるものが あった。 「さん・・・・それで急なのですが、私、噂を聞いたのです・・・」 「え、なんですか?・・・あ!もしかして、」 「ええ、そうなんです」 「きゃー!お耳が早いんですねっ、左京さん!私、新しい書道教室を任されたんです!先生から!!」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・はい?」 「え?それじゃないんですか?」 若干の沈黙が左京さんと私の間で流れた。 笑顔のままなのに、なんだろうかこの微妙な空気。いやこれはすごく喜ばしいことである。 この時代に流されてきた私が唯一できるものと言えば書道で、それだけしかなかったのだ。 だからそれでこのまま暮らせて行けるというのはとても素晴らしいことだと思うんだけど。 まさに芸は身を助ける、というやつだ。やっていて良かった。 後ろで正座から腰を浮かしかけていた螢が、がっくりと脱力してまた畳に座る。今度はもう正座じゃない。 緊張がとけたのか、九十九丸も足を崩しだす。 「おお、なんとそれは正月早々良い知らせだな!」 「へー良かったじゃん。一応先生だもんな、お前も」 九十九丸は本気でそう思ってくれているのかにこー!っと笑顔が広がって祝福してくれる。 螢もまぁ、そっぽを向いてはいるが褒めてくれているのだろう。 どちらにせよ成長を認めてくれているのだ、ありがたいことである。 うふふ、と笑いをこらえきれずに二人を見ていれば、目の前の左京さんがそうではありません、お二人も、と固い声色だ。 珍しいなぁ。と思い左京さんを見返してみれば、真面目な表情で俯いてぽつりとつぶやいた。 「その、お見合いすると、お聞きしましたが」 「・・・あ〜!」 「あーってお前!!」 「あれってお話だけでしょ?え、それって結構がっつり決まっちゃうものなの?」 「なにを言っているのです!大体さんには圧倒的に危機感が足りません!!!」 鬼気迫る表情の左京さんを初めて見た。いつも穏やかな人が怒ると怖いとはこのことだ。 左京さんが声を荒げるところなんてほとんどなかったしなぁ。 後ろでうんうんと腕を組み頷く九十九丸が見える。なんなんだそのやけに深い同意は。 螢は呆れたような目線を寄こすが、これはまぁ通常と変わらないのでスル―する。 ぽやぽやーと過ごしているつもりはないのだけれど、現代から来た私はやっぱりこの時代では平和ボケというか、 油断バリバリというか、隙がありすぎるらしい。 何度こまごまとしたことを左京さんや実彰さんに怒られたことか。 お見合いも先生がどうですか〜と同じくゆるい感じで勧めてくれたやつなので断りにくいってのもあったけれど。 まぁ先生も一人でふらふらしている私を心配して勧めてくれているんだよね、うんうん。 なんて思っていたけれどこれ、ほとんど決まっちゃうの? もしかして先生も私一人に任せるのは不安でそれでちょうど良い所に来た縁談を勧めているとかじゃないよね・・・?な、ないよね?! 若干不安になってきたぞ。もしかして?そうなの?? 「あなたがいた場所とは違うかもしれませんが、ここでは大体婚姻を結ぶまでに一、二回しか会わないこともざらですよ」 「はぁあ!!?!!そ、そうなんですか!」 「・・・オマエなぁ、知らずにホイホイそう受けんじゃねぇよ」 「だって知らなくて・・・!先生も勧めてくれたし一回会うだけならって」 「その一回で、決められてしまうんですよ!慎重に行かなければいけないと思いますが」 「え、ええー!!」 うろたえる私とは間逆に左京さんは冷静そのものと言った感じで蛍丸を抱きながら深く頷く。 ど、どどどどうしよう、もう会いますよ〜とお返事を返してしまったのだけれど。 え、だってこんな早くパカパカ進むものだと思ってなかったし。 「こ、こういう場合どうすればいいんでしょう?失礼にならないように断る方法とかってあるんですか!?」 「まぁ一回会ってから断るっていう手もあるが・・・こういうのはどうすればいいんだ左京?俺も不慣れでな」 「いえ、余計な確執を招きかねません・・・、斬りましょう」 「そうなんですね・・・って、え?!」 「落ち着け、左京!」 「さっきからこの調子で・・・一番落ち着いた方がいいのは左京の方だぜ」 ま、縁の奴も煩かったけど、なんて螢が言い、鈴懸も気にしてたぞと九十九丸が言う。 実彰殿もこちらへ下りてきた際にいっておりましたよ、なんて左京さんが続いて言う。 さらりと流れる会話の中で、ずばっと不穏な言葉をぶっこんできたのに耳を疑うが、まぎれもなくそう発言したのは左京さんの声である。 蛍丸を抱く姿をみて、不安を覚えるのも仕方がないことだと思う。私は慌てて左京さんを止める。 「いやっ、私大丈夫です!自分で断れますし!まだ嫁に行く気はぜんっぜんありませんからっ!!!」 嫁に行く、というとなんとなく事態の深刻さに心がぎゅっとなるけれど、いや、でもそんなつもりはまったく なかったのだし、と三人に言う。それに私には今、立派に書道教室を切り盛りしてやるという気持ちでいっぱい だし!!! 左京さんの行動を止めようとしての必死の訴えだったのだけれど、三人はぽかん、としたのちに俯いた。 「それはそれで困るのですが・・・・」 「殿・・・・」 「お前それ・・・・・・」 「え?」 「あー、・・・・俺、帰るわ。長居して悪かったな、じゃ」 「ま、待ってくれ螢!俺もそろそろお暇することにしよう、ではな、殿」 「では、私もこれで。きちんと相手の方にはお断り申し上げてくださいね」 「え?ちょっと、三人とも?どうしたの!?急に、ちゃんと断るってば!」 彼の人の心よいづこ 「もーなんなの、みんなして。断るってきっぱり言ったじゃない」 「あ」 「・・・?こんにちは縁さん。またふらふらしてるの?」 「フラフラって酷いなぁ姫。そんなことないさ。こー見えても忙しかったりするんだ」 「へー」 「まったく信じてないね・・・」 「あー!ーーー!!! だ!ねぇ、 はお嫁に行っちゃったりしないよねっ、ねっ?」 「え?あ、うん、見合いの事?ちゃんと断ることにしたよ〜」 「え!?姫、そういう流れになったの?俺はてっきり・・・もう・・・」 「うん、三人に怒られちゃって。あはは」 「良かったぁ〜、!がお嫁にいっちゃうなんて嫌だし・・・!」 「鈴懸・・・!」 「・・・・!」 「(なんか俺だけすごい疎外感・・・鈴懸やるな・・・・!実彰もこりゃうかうかしてらんないぜ・・・)」 (140202) |