あつい。ただひたすらに暑い。
あまりの暑さに私の思考は全く動かない。
そして頭と同じく体も、このささやかなオアシスから1センチたりとも抜け出そうとはしない。
この日差しから守ってもらおうと川の近くの木陰によいしょと腰を下ろしたけれど、残念ながらあまり効果はなさそうだ。
避難した木をふと見上げると、二メートルくらい上のほうに一匹の蝉がとまっているのが見えた。
正直、うんざりだ。
周りからはみんみんと争うかのように蝉が鳴く。
蝉の鳴き声がうるさくてうるさくて、私は耳を両手でふさいだ。
その行為に反発するかのようにさらに蝉が鳴きはじめる。
「あぁーもう・・・いい加減にしてよ、うるさいなぁ」
どこにいってもこの世界は私に優しくしてくれない。
学校でも、家でも、そしてこの小川の土手さえ私を癒してはくれない。
まぁそんなものだと自分の中で自己完結してあきらめたのは、一体いつだったろうか。
生きることは対して楽しいことじゃない。
そんな卑屈な考えの私には当たり前だが、友達はいない。
別にほしいと思ったことはないし、わかってもらおうなんて思ってない。
一人はいい、気楽だし。自己責任で済むから。
「君たちもさ、わざわざ出てこなくていいのに」
必死に自分の存在を誇示する蝉に私は話しかけた。
いいや、正確にはぽつりと独り言をこぼしただけ。
みんみんと必死に鳴く蝉が、無性に腹立たしく悲しくあったから。
「・・きっと蝉にも、伝えたいことがあるんだよ」
それは突然だった。
小川にかかる橋の上から一人の少年が私を見下ろしていた。
知り合いでもなければ、見たこともない。
一体だれだ。
「誰?」
「夏目、貴志」
「ふーん・・」
「君は?」
「・・・」
夏目と名乗った少年は不思議な雰囲気をまとっていた。
おとなしそうに見える彼からは、私と似たような空気があって、しかし私よりももっと何かを拒絶するような意志が伝わってきた。
変な人、ただそう思った。
しかし私は唐突に夏目貴志という少年に興味がわいた。
珍しく話をしてみようかと思った。人と話すなんて嫌いだけれど、今日はなぜかそう思った。
夏の暑さにやられたのだろう。
「・・・蝉は何を伝えているのかな?」
「それは、わからないけど。きっと大事なことを叫んでいるんだ」
「土の中でずーっと眠ってれば長生きできるのに。出てきたらたったの1週間で死ぬなんて、ばかみたい」
「そう、おもう?」
「うん。・・・・ううん、やっぱり思わないってことにしておく」
「どうして?」
「だってきっと蝉は満足して死んでいくと思うんだ。伝えたいことを叫んで叫んで、死ぬってわかっていても叫んでる」
そう考えたらうるさく鳴く蝉が少しだけうらやましく、悲しく思えた。
もうあと一週間したら、きっと今鳴いている蝉は死んでしまうのだろう。
「は、叫びたくはないの?」
「え、なんでそこで私が出てくるの?今は蝉の話でしょ?」
「・・・・うん、そうだね」
「へんな夏目」
そんな不思議な出会い方をした私と夏目は、なぜだか毎日顔を合わせるようになった。
いや、正確には夏目が私を探して会いに来るようになった。
理由はわからない。とくに興味もわかない。
毎日、別に話すでもなく何をするわけでもなく私と夏目はただ蝉の声を聴いていた。
私は木陰に座り、夏目は橋の上。
それが私と夏目の距離だった。
そして夏目と出会ってからちょうど一週間がたった日。
その日はとりわけ暑かった。
猛暑もいいとこ猛暑で、私もなんだか頭がぼーっとする。
夏目の声がなんだか遠くに聞こえる。まずいな、熱中症かも。
「きみと、俺が出会ってから今日で一週間だ」
「え・・・あぁ、うん・・・・そうだね」
「きみが伝えたい言葉は、見つかったかい・・?」
「え、なに・・?よくきこえない・・」
あついあついあついあつい。
ぐるぐると目が回ってもうよく夏目の声が聞こえない。
聞こえるのはうるさく鳴く蝉の音だけ。
「叫ぶんだ!君が伝えたかったこと、ちゃんと俺が覚えておいてやる!だから!」
「伝えたい・・・こと・・・・」
夏目が必死に叫んでいる。なに焦ってるんだろう、夏目ってば、変なの。
伝えたいこと、そんなのあるわけない、蝉じゃないんだよ私は。
あぁ、でも一つだけ。
毎日こうやって、夏目が来てくれてうれしかった・・名前を呼んでくれて嬉しかった、なぁ・・。
遠のく意識の中、上から一匹の蝉が私の隣に落ちた。
一週間前から木に止まっていた蝉。
周りの蝉と違って、一度も鳴かなかった蝉がいた。
そっか、わたしは・・・・・・・
最期に聞いた音は、やっぱりうるさい蝉の声だった。
「お前、ばかじゃないのか」
「なんとでも言ってくれて構わないけど、でもこれだけはやらせてくれ」
「あんな真夏日の中毎日出かけて、お前が死んでもおかしくないぞ」
「そう、だな・・だけど・・・」
初めに気づいたのは、にゃんこ先生だった。
もうすぐ消えるな。
そうつぶやいた先生の目線の先には制服姿の女の子がいた。
人ではない、すぐにわかってしまった。
かかわらないほうがいい、そう思っていたのに彼女の瞳をみていたら、いつの間にか話しかけていた。
彼女は自分が人ではないことを気づいていないようだった。
いつも木陰で座って空を眺めていた。いや、もしかしたら蝉の鳴き声を聞いていたのかもしれない。
仲間たちの、声を。
彼女にも叫びたいことがあったんだ。でもそれを忘れて地上に出てきてしまった。
残された寿命は一週間。少しでも彼女に叫ばせてやりたかった。
自分の意思を、気持ちを、仲間のようにあの高い高い空へ。
君は最期に何を思ったのだろう。
今となってはもう、確かめるすべはないけれど。
君は涼しい木陰の下、俺は小川の橋の上。
変わることのなかったこの距離。
それは人と妖の存在の距離なのだろうか。
沈黙の距離に打ちのめされた
叫んで、叫んで、叫んで。もう伝わらないけれど。