ルルルルル・・・・!!
電話が鳴り響く。俺はホイッパーをボールの中に一旦置き、 電話を取りに行く。そして何気なく今の時刻を確認するために時計を見やると、 夜の11時。知らないうちにかなり熱中していたようだ。
それは置いておくにしても、どう考えてもこんな時間に電話を掛けてくるような非常識な 知り合いは俺の記憶のなかにはまずない。



不思議に思いながらも依然として鳴り止むことの無い電話を取る。
ああ、もうただでさえ時間がないってのになんなんだ。 菓子を作る時間は限られていて、だから直のことその少ない時間を有効利用しようとしている 自分の苦労を泡にするつもりか。
誰だ、くだらない関係ない電話だったら即効で切ろう、そんなことを思った。



「・・・・もしもし」
「夜分遅くに申し訳ありません。こちらトリップサービス案内会社でございます」



は?申し訳ないって思ってんなら電話なんてしないで欲しいと、迷惑電話を取る側が必ず 思うことを俺も内心毒づいたが、それよりもまず、今、なんていった? トリップサービス案内会社?俺をからかってんのか?
俺の困惑をよそに電話の向こうの声は変わらずはきはきと喋り続ける。



「このたび我が社の新製品の試作品にモニターとしてあなたが当選いたしました! つきましては、さっそくあしたから・・・「切ります」



一応断ってから受話器を置いたのだから問題はないだろう。
とはいっても何て怪しい電話なんだ。あー、本当に時間の無駄だった。 早くしないとメレンゲの状態がどんどん悪くなっていく。お菓子はメレンゲ具合で全てが決まって しまうのだ。ここで失敗するわけにはいかない。
俺はもう一度泡だて器を取り、かき混ぜ始めた。「(あーもーくそっ!)」











ピピピピピピ・・・・!
次は目覚まし時計の音だ。こうやって音のせいで邪魔されること多いな。
昨日は菓子作りの途中で電話に邪魔されたし、今は今で貴重な睡眠時間を時計のアラームによって 邪魔された。
時計に悪気はないんだろうが、やっぱりいらいらする。
自分の頭の上に置いてある目覚まし時計を止めて、のそりと上半身だけ起き上がる。

「(もう朝か・・・・あ、いけね、学校遅刻する!)」

あたふたとベッドから飛び起きようと思ったが何だかやけに布団の中が暖かい。
何かが俺のベッドにいる。はぁ?と思って布団をぺろりとめくってみるとそこには

女がいた。



「はぁぁああああああ?!」
「・・・ん・・・んんー・・・」



吃驚しすぎてベッドから転がり落ちるように離れ壁にずばんっ!とひっつく。
いや、まて、何故俺の部屋に女?しかも見覚えない。全然まったくない。 昨日もそこには何もなかったはずだ。いつもどーり全然まったくそんな影もなかった。 なのに、何故?!
でも確かにそこに寝ているのはまぎれもなく女であり、人間である。



「・・・あれ、おかーさんもう朝御飯?」



俺の声で起きたのだろうか、でもその一言だけ発したあとまた死んだようにぱたり、と布団に倒れる。 いやいや待て待て!そこ俺のベッドだから!
しかも自分の母さんと間違えているらしい。寝惚けている。



「あのーすんません、」



なんでだか自分の部屋なのに謝ってしまっている。
不法侵入はこいつだろう。俺が謝るんじゃなくてむしろそっちが謝るほうじゃないのか?



「んー・・・・」
「ちょ、ちょっと!起きて下さいって!え、ちょ、待て!!」
「・・・プリン・・・」



まだまだ寝惚けているのかゆさゆさと体を揺らすと俺の首に腕を巻きつけてきた。
特有の甘いにおいとやわらかさで、顔が赤くなる。 ・・・しかし寝言はプリン。そして俺をプリンと間違えている。 食い意地が張っているのかなんというか。色気より食い気というのが 一番良く似合う。



なんとか引きはがした後も布団に絡み付いてはプリーン!パフェーっ!デラックスーッ! などと訳のわからないことを叫んでいる。 こうなったら仕方ない。あまり手荒なことをしたくは無かったが、こうでもしない限り こいつは起きなさそうだ。



「・・・いって!」



布団ごとひっぱって床に落とした。幸いここはマンションの1階なので、近所迷惑にはならない。
(隣にいる先生は別として)(この際無視だ!無視!!緊急事態だ)
若干涙目になっているのは別として、見たところそんなに痛いところもなさそうだ。

そいつは涙を手でぬぐってからああ、プリン、パフェデラックス・・・夢だったのね、と ブツブツ言いながら俺と顔をあわせた。



一瞬時が止まったようだった。
それから一呼吸置いてそいつは目を見開いて、言った。



「・・・お母さんじゃない!!!!」




言いたいことはそれだけか。











「とりあえずー・・・おはようございます?」
「もっと他に言うことがある気もするんスけど」
「えーっと失礼ですが、あなたは誰ですか?」



彼女と俺との最初の会話はこんな感じだった。 いきなり俺のベッドにいた時も奇天烈だったが性格もかなりの奇天烈らしい。 これでは状況確認とかは言ってられない。 俺はくらり、とする頭を必死で留めようとしていた。



「どうしてここにいるのかわかんないんスか?」
「うん、すみません。分からないの」



あはははは、と花が飛んできそうなくらい明るく笑って周囲を見回す。
ふうん、いいところに住んでんだねぇ、とまるで友達のように話し掛けてくるもんだから、 こいつは心配とかそういうのがないのか?!この能天気、と口に出して言いそうになったほどだ。

自分もとりあえず落ち着く為に、紅茶を出してやれば、そいつは角砂糖を4個くらい鷲掴みで入れてくるくると回す。 どうして来たのか、本当に心当たりがないらしい。全然、まったく記憶がない。と言う彼女を見て、俺ははぁ、と 重いため息をつく。



「とりあえず、自己紹介しときます?私、です」
「橘剣之助、」
「剣之助くん、あの・・・、」
「はぁ、なんスか?」




と、聞き返した時に、ぐぅうとお腹の音が盛大に響き渡った。 顔を上げて、彼女を見れば、赤い顔をして震えていた。
このお腹の音は彼女らしい。というか自分か彼女しかいないのだから、自分ではなければ彼女に決まっているのだけど。



「人様の家でアレなんですけど・・・・・・・ごはん、食べません?」
「はぁ・・・ご飯と味噌汁くらいならありますけど」
「本当?!もう実はさっきからお腹がすいてて!紅茶に砂糖入れてエネルギー取ろうとしたんだけど無理だったわ」
「甘党って訳じゃないんスね」
「当たり前じゃない!甘いのは好きだけど、紅茶はストレートが一番よ」



えへんと、なぜか胸を張って言うその人は、けっして美人とはいえないけれど、暖かい雰囲気を持っていた。
それに少し微笑んで、とりあえず俺は朝食の準備を始めたのだった。






「へぇえ、手慣れてるねぇ・・・・うう、ますますお腹すいてきた・・・」
「座っててください、すぐできるんで」
「はいはい、いやぁ、ほんとごめんね・・・」
「俺もどうせ食べなくちゃいけないんで気にしないでください、それよりアンタがどこから来たのか明らかにしないと」
「それなんだよねぇ・・・どうやったら帰れるのかな」











ハニィレモンに溶けてゆく

「おい、お前んとこ、今朝すごい音しなかったか?」
「は?いや?な、なんにもないっスよ」
「(・・・あやしい・・・・)」
「さ、早く行きま」
「剣之助くんー!おべんと忘れてるよーっ・・・・、あ。」
「年上彼女か・・・そうかそうか、橘も・・・うんうん」
「だぁああ、これはちが、違いますって!」