、まったくもって不本意です。
日の光がまったくもって入ってこないこんな暗い所に、ずぶぬれで放り込まれるなんて、 日頃の行いが悪い訳でもないのに酷過ぎると思うのです。
とりあえず現状把握がしたいのですが、よろしいでしょうか?
・・・思い起こせば、ああ、それもかなり突然だった、と遠い目をしてしまうのも仕方がない事だ。

その日は至って普通の日で。
何かが変わるなんて思ってもみなくて、それでもわたしは巻き込まれた。






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パスタをゆでながら、鼻歌を歌う。
ふんふんふーん、とばかりに鼻歌に合わせて箸をかき交ぜる。鍋の中のパスタが踊る様に揺れる。
今日は確かぺペロンチーノの素があったから、それと合わせて完成でいいや。
お手軽っていうのはこの事だ、便利な現代って素敵だ。

と、視界が突然奇妙に歪んだ。
鍋の中のパスタが吸い込まれていく様で、しかもおかしな事に自分の身体が鍋に吸い込まれていくような・・・ いやいやそんなまさか、自分の身体はどうあっても鍋に入ってしまうようなそんなミニマムな身体じゃない。
そんな訳がないのに、何故―――――――――――、

その時、鍋底から直視することが出来ないくらい白く輝く光がもれ出した。 普通じゃない上に、そんな中に引き込まれていく私は一体何。ぐぐっと体重を掛けたものの、そんなのは 無駄な抵抗だったようで、するすると引き込まれていく身体。
・・・・熱い!絶対に熱い!パスタ茹でてる湯なんだから熱湯なんだぞ!
そんなもん、熱いに決まってる―――っ!





熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!熱い、あつ、あ、熱い?・・・・・あれ?
かぽーん、という音が周囲に響き渡って、わたしは何故か水の上に浮きあがっていた。まぁ、人間は浮くものだし、 そんな不思議な事でもないんだけれど。問題はその心地よい水というか湯の温度だ。
というかその前に問題なのは、何故部屋にいたわたしが湯の中にいるのか、と言う事だ。 甚だ疑問ではある、というか展開が急過ぎて着いていけない。ごめん、そんなに頭の容量が大きくないから。

ざぱり、と身体を起こして見ると、白い湯気で包まれているここは確かに湯を張った風呂の様だ。
・・・風呂だ。風呂以外の何物でもない。 しかしそれでも戸惑ってしまうのは、 なんだろう、この想像を絶するほどのこの広い風呂は、と言う事にある。 どこからどこまであるかも分からない風呂は果てしなく大きく見えた。実際大きいのだろうけれど、銭湯だといっても それにしては広すぎるくらいの風呂。湯。湯気。
べたりと貼りつくワンピースは気持ち悪い事この上ない。うへぇ。 わたしは額に張り付いた髪の毛を払いながらも周囲の様子を伺った。
と、白い湯気の中でこちらを凝視する瞳とぶつかった。思わずまじまじと見てしまう。





「「・・・・・・・・・・・・・」」





ん?・・・んん?!
金色の髪に、青い・・いや違うな、光の加減によって色を変える瞳。
・・・・・・少なくとも今言える事は、知り合いではない、と言う事だけだ。無言のこの見つめ合いは 具合が悪いったらありゃしない。気まずすぎる。
そしてあまりに突然の遭遇にわたしはある、重大な事が頭から抜けていた。

相手→全裸
自分→ずぶぬれ(菜箸付き)

変態だ、変態以外の何物でもない。しかも手に何を持っているかと思えば、菜箸。何の役にも立ちそうにない。
自分と相手を見比べてみて、今、自分の置かれている状況がどれだけやばいものかを知った。
相手は動かない、わたしは動けない。
やけに静かだ、そう思った時、相手の息を吸い込む音が聞こえた。




「〜〜〜〜っ!衛兵っ!不審者、変質者だ!」
「なっ、ちょぉ、待ってくださいよ!だれが変質者だって・・・っ!」




思わず菜箸を握りしめて抗議するが、いかんせんこの状況ではかなり分が悪い事も確か。
自分でもちょっとこれは変態だと思ったけれど、相手に言われてしまうと、何故だか反論したくなる。
そして、あれよあれよと言う間に集まる人。いや、ここ風呂だけど、なんだろう、この全面的にわたしが悪い、みたいな 空気は。しかもわたしに突き付けられているのは―――鈍く光るアレはまさか刃物じゃないのか、おいおいおいおいおい。

・・・・・・・まさかと思ったけれど、本当は信じたくはないのだけれど、ここは、日本じゃ・・・ない?




「武器を捨てろ!仲謀さまの入浴を狙うとは・・・・!何たる・・・っ!」
「は?いや、え?ちょっと、なにか勘違いを・・・・」
「武器を捨てて、速やかに投降しろっ!」
「ぶ、武器?武器って菜箸のこと?・・・はい、これ・・・」
「そのまま立て!妙な真似をするなよ」
「はいはいはい・・・わたし悪い事してないのにこんな・・・」
「早くしろ!」



追い立てられて、やれやれどっこいしょ、と腰を上げるとざばぁああと水が流れ落ちる。あーあ。
手は上げたままで、相手の人を見る。・・・あれ?この人すごい綺麗だけれど、・・・・・わぁお。







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その頃、花は与えられた部屋でおとなしくしていた。
あまり歩きまわるとまた何かしらうるさい事を言われるし、次の策についても 色々と考えをまとめなければならないと思っていたからだった。
しかし自室の前を通り過ぎる人の多さと、だんだんと大きくなる騒ぎに、なにか起こったのか、と気になり だしてしまった。
それともまさか玄徳軍になにか・・・?! そう思うといてもたってもいられなくなって部屋を飛び出していた。


人が集まる方へ方へと流れに合わせて歩いていると、浴室の前でいつもは崩れない笑顔を曇らせている人がいた。
公瑾さんだ。あんな顔をしているのは酷く珍しい事で、首を傾げてしまう。
それにしても浴室前でなにが起きているのだろうか。近寄って行くと公瑾さんがこちらに気がついた様で、 顔を向けた。



「花殿、」
「こんにちは、公瑾さん。なにか、あったんですか?」
「ええ・・・・少し厄介な事になりまして」
「お風呂で何が・・・・?」
「・・・実は間者が現れたとかで、今兵たちが乗り込んだ所です」
「え?風呂にですか?ええと・・・」
「風呂には・・・仲謀さまがいらっしゃいました。そこを狙ったのでしょうが・・・」



言いきらない、煮え切らないそんな公瑾の言葉はなんだか戸惑っている様にも見えた。
その態度になにかを思った花は兵たちをすり抜けて、公瑾が止めるのを聞かずに中へ入った。 するとかなり、なんというか、何とも言えない光景が花の前に飛び込んできた。





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「なんだ男か・・・・」
「なっ・・・!まさかお前俺様を女だと間違えたとかじゃないだろうなっ!」
「あー、はいはい、ごめんね。あんまり綺麗な顔してるもんだからさ、つい」
「なっんだと・・・・!」
「ごめんごめん、そんなまっ平らな女の人はいないものね・・・あの、あんまり湯から立ち上がらない方がいいよ?」


慌てて湯船へ戻る仲謀とそこには知らない女の人。手には・・・あれは、菜箸?なんで菜箸。
しかし仲謀は風呂だからまぁ当然の格好だからいいとして、女の人はワンピース姿だ・・・ってあれ?ワンピース? ・・・この時代にはないものだ。 それにあの態度はここの人たちではありえないくらい砕けた喋り方だ。君主にあのように振舞える人間なんて いる訳ない。

花は持ってきていた手元の本をぎゅっと無意識に抱きしめた。
・・・・もしかして、もしかしなくても、


それにしても、あの女の人凄いなぁ、武器に囲まれながらのはずなのに、ちっとも引いていない。 それどころか仲謀が女じゃなくて男だと言う事にびっくりしている。 びっくりする所がずれている。その態度は毅然として自分のペースを崩さない。のは 現代日本においては多分、素晴らしいことなのだけれど、今のこの状況にはかなりそぐわない。
花は自身が仲謀と対面した時の事を思い出す。このまま彼女のペースで行けば・・・、


「〜〜っ!こんな酷い侮辱は初めてだ!・・・・牢に連れて行け!」



やっぱりこうなる、と花はため息をついた。 はてさて、これからどうするのが良いのか、と思案しながら、追い立てられて乱暴に扱われる彼女を見た。
しかし彼女は比較的大人しく(まぁ文句は垂れていたけれど)付き従って行った。さっきまではハチャメチャに 暴れていたのに。 うん・・・第一印象はよく分からない人だ。だけど、きっと悪い人じゃない。
そうして花は憮然とした表情の仲謀に近づこうとして、ここが風呂だった事を思い出した。 一旦出直そうと踵を返すと、外にはまたまた良い笑顔の公瑾さんと出くわしてしまって、自分の行動が まずいものだった事を嫌と言うほど知ってしまった。
でも、一番に頭を占めているのはやはり彼女の事。
・・・どうやってあの子、助けに行こうか・・・、頭を巡るのはそればかりだった。












君の手中にて叫ぶ
                           (いきなり放り込まれて、なんなのここは!)