私が公瑾さんと言い合っていると、牢の中でゴンッという鈍い音がした。
慌てて振り返って牢の中を見てみると、転がった大きなパスタ鍋と、倒れるさんの姿があった。


「な、鍋・・・・?!」
「・・・・鍋、ですね・・・・」


・・・なんでパスタ鍋。 私と公瑾さんは首を傾げ、顔を合わせた。

それから鍋の直撃をくらったさんの頭には大きなこぶが出来てしまっていた。 床にだらり、と倒れ込んださんは動かない。心配になった私は 手当がしたいと、公瑾さんに頼み込んだ。
公瑾さんには、「自分のやった事の責任は取ってくださいね」と言われ、ぐちぐち言いながらも 冷やした布を手渡された。あんなに不審がっていたのに、あまりの間抜けっぷりに開いた口がふさがらないらしかった。 口でははっきりと言わないけれど、こんな間抜けな状態になる間者はいないだろう、という判断を下したのだろう。

しかし牢から出すには、牢に入れた張本人の許しが必要となる。冷やした布をこぶに当てながら、 ぐっしょりと濡れたままだった、さんの服の水気を取る。ひんやりとしたその彼女の身体は、生きているのか分からなくなりそうで、 私はせめて、と思いぎゅっと腕を掴んだ。






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私は依然として目を覚まさないさんを寝かせたその後、そのままの足で仲謀の部屋まで向かった。
もちろん、さんについての事だ。彼女は悪い人ではないし、このままの状態は絶対に良くないと思ったからだ。
あんな格好でいたら風邪を引いてしまう。控えめにノックをすると、入れと声が返って来た。 机に肘をついてなにやら考え込んでいた様子の仲謀は目線を上げて、私と視線を合わせた。



「あの、仲謀・・・!さんと会ってくれないかな。事情を離せば分かると思う!」
「・・・・・あいつ、って言うのか」
「え?・・・うん。さんは悪い人じゃない。だから話を聞いてほしいの」
「・・・分かった。俺も少し気になる事がある」



説得すればなんとかなると思ったけれど、その決意に反して結構軽く腰を上げた仲謀に私はびっくりしてしまった。 確たる根拠もないのに、話を聞くという事は何かあるのだろうか。牢に入れろ!と言っていた時はかなり 怒っていた様子だったのに、一体どうしたんだろう。
けれど、今はぐずぐず考え込んでいる場合じゃない。
とにかくさんを牢から出さなくては、と歩き始めた仲謀に駆け寄る様にして牢へ向かった。






「何、・・・モフモフ、不良?ああ、風呂の人か」


どうにかこうにかでやって来た仲謀に対面したさんは一言言い放った。
どうやら私が仲謀の説得に向かった間に自力で目を覚ましたらしい。鍋は依然として転がったままだったけれど。


「絶対に許さない・・・覚悟しとけ!そうそう、花ちゃん、手当ありがとね」
「てめっ・・・!許す許さないはこっちで決める。わざわざ出向いてやったのに、なんだその」
「うるさいなぁ。・・・私は今花ちゃんと話してるの。ごめんねー、ちょっと黙ってね」



笑顔のままで辛辣な言葉を吐くさんは、強い。強すぎた。仲謀のことなんで眼中にない感じだ。
仲謀がぐっと詰まって言葉を吐き出さないなんて、そんな事があるのかとびっくりしてしまった。 でも思えば、仲謀にこんな事を言う人は仲謀軍にはいないのだから、こういう展開になっても不思議はないのかも しれない。



「てめぇ・・・あんだけ不敬を働いておいて、まだ言う気か・・・!」
「うわ、かなり凶悪な面構え・・・!さっき風呂で見た時は可愛いと思ったけど、実際は本当に可愛くないガキだなぁ」
「・・・が、ガキじゃねぇ!」
「お、落ちついて!ゆっくり話をしたほうが良いと思うな」
「それには賛成だね。君は、それでも軍のお偉いさんだって言うし、敬意は表したいものね」



落ちついてとは言ったものの、牢の中と外では悲しい事に隔たりがかなりある。
牢の中で落ちついて座っているさんといきり立つ仲謀は、なんだか立場が逆転している様にも見えた。



「馬鹿か、俺にたてついた奴が牢から出られると思うか?」
「馬鹿馬鹿うるさいなぁ、それしか言えない訳?はぁ・・・最近の若い奴はどいつもこいつも、」
「っ・・・!」



さんがまたしても仲謀の言葉に冷静に返すと、仲謀は驚く事に口を覆って黙りこくった。
しかしさんも十分に若いと思うけど。というツッコミは今は出来なさそうだった。
でも、どうも仲謀の様子がさっきからおかしい。今までは全力でつっかかっていたのに、こんな風になる仲謀は見たことがなかった。


「どうかした?もしかして言ってほしくない事を言ったりしちゃったかな?ごめんね」


急に黙りこくった仲謀の様子を不審に感じたのか、牢の中のさんも首を軽く傾ける。
唐突にがしゃん!と音がして、鉄棒に仲謀の手がかかった。
そしてさんの近くに寄って叫ぶ様に言葉を発した。私は突然の展開についていけない。
え?え?と2人を見比べては混乱するばかりだ。



「お前・・まさか、本当に10年前の・・・・?」
「・・・なんの話?」
「10年前、山に虎狩りに行った俺はそこで兄上とはぐれた」
「さっき夢の中で・・・そんな子に会ったかな。そういえば君にそっくりの髪色と目を持ってたけど」
「さっき?!・・・そんなはずは」
「ど、どういうこと?2人とも知り合いだったんですか?」
「こいつは・・・俺と出会った10年前、白い光の中で消えたんだ」
「・・・あれは夢の中だと思ったんだけどな、」
「・・・俺もあれは夢でも見ていたんだと忘れる事にした。でも・・・、言動がその時の女と一緒だ」



そう断言する仲謀が、まっすぐにさんを見る。その目に揺らぎはなく、嘘と言う訳でも冗談でもなさそうだった。
じゃあ、もしかしてさんは、さっき鍋が当たって昏倒している間、過去に飛んでしまっていたのかもしれない。
そうして10年前の仲謀に会い、そして今、この地へ再び戻された。 かなり乱暴な経緯だけれど、そう考える他ない。



「もしかして、あのガ・・・子供の10年後があなた?」
「ガキって言うな」
「あれ?言わなかったっけ?・・・”そうやって挑発に乗るうちはまだまだガキだよ”って」
「・・・・てめっ・・・!」
「確か、その子の名前は・・・・・・・仲謀、」
「・・・・!」



にっこり笑うさんを前に、絶句する仲謀。
あれ、どうやら完璧に形勢逆転のようだ。仲謀は、立っていた衛兵さんに 手で合図をしながら「鍵を開けろ」とだけなんとか言葉にした。
よかった、さんの事を信じてくれたんだ!まさか顔見知りだとは思いもしなかったけれど、結果的にさんが外に出られたのなら、何でもいい。心底安堵した。



「仲謀・・・!ありがとう」
「・・別に、お前の為じゃねぇ・・・俺はあの時、こいつに助けられたからな」
「はぁ、可愛くないねー。花ちゃん、これは10年前からこんな感じだったから落ち込む事ないよ」
「お前が一番感謝しろよ・・・!」



背丈はとっくに抜かしたはずなのに、10年前となんら変わりないこの態度、言動。
身体だけ大きくなっても、なんの意味もない。悔しさが10年前と同じように全身に駆け巡る。
そしてあの10年前に起こった出来事も、昨日の事のように思い出せる。
仲謀は目を瞑ってその時の事を思い出した。












君の手中にて叫ぶ   02
                           (・・・忘れられない、あの出来事は)