春の陽気が漂う。
眠くて眠くて、たまらない時間がやってきた。 午後のこの時間は人間の生態からいっても本能的に眠くなってしまう時間なのだそうで、 まぁ、もれなく人間の部類に入る私も眠くて眠くてたまらない。
書簡を整理する手がたまに止まるのだけれど、別に寝てる訳じゃない。 ちょっと、目がくっついただけで。そうこれはただの瞬きである。




「言い訳は良いですから、手を止めないでください」
「わ、分かってますよ、ちゃんとやりますよ・・・!」
「それならいいんですけどね」
「分かりましたから、その怖い微笑み止めてくださいよ!」




ん?なにか言いましたか?と再び怖い笑みを浮かべてこちらを見てくる公瑾さんに耐えつつ、 あくびを耐えつつ、作業を再開させた。 公瑾さんのあの視線は突き刺さるから、すぐに眠気が飛んでいく。コーヒー並みの威力だ。
仕事的にはとても良い事だけど・・・・私的には辛い所だ。




作業を早く終わらせて、公瑾さんをあっと言わせてやろうと思ったけれど、 そう思った瞬間に邪魔は入るものだ。
背後で、ばったーん!と扉が勢いよく開いて、こちらへ入ってくる音がする。 振りかえらなくても分かる。私の袖を引く感覚がそれを実感させる。



「大喬殿、小喬殿。邪魔をしないで頂きたいのですがね」
「公瑾、ちゃんを取られたくないからってそういうのは良くないよ」
「そうだよー、少しはゆずってくれてもいいじゃん!」
「別に、・・・そんなこと思ってませんよ・・・・!」
「公瑾さんもすぐに乗せられない!ちゃんと仕事はしますから」




ひっちゃかめっちゃかに引っ掻きまわされた公瑾さんの額に青筋が立っているのが見える。
やばい、怒ってる怒ってるよ。 どうどう、と落ちつかせないと、あとで嫌みの嵐が待ってるに違いないので、一応フォローを入れる。 しかしこの二喬はそんな事お構いなしだ。
でもいつ見てもこの子たちは可愛い、本当に。 上目遣いで2人が見上げてくる所を見てしまうと無下に断る事なんて出来そうにない。 ついついお願い事を聞いてあげたくなってしまう。




「ねぇねぇ、ちゃん!一緒に遊ぼうよー」
「それが良いよ。ずっーと公瑾と一緒はずるいよ」
「あーはいはーい。ごめんね。この書簡、整理し終えたらねー」
「むぅー、早くね!」
「ここで見てていい?待ってるから」
「ありがと。大急ぎで終わらせるからね」
「「うん!」」




2つの大きなくりくりの眼が私の手元を見ているのが分かる。 大人しく2人で座っている二喬が可愛らしくて仕方がない。
整理を急いでいると、またしても扉が勢いよく開いた。
視界の隅で、公瑾さんがまた(あくまで表面上は)笑っていながらも、 青筋を立てているのが見えた。・・・見たくなかった。




「さーん!私と一緒にお茶を・・・あら?」
「尚香さん・・・」




お2人も?と聞く尚香さんに勢いよく頷く大喬ちゃん、小喬ちゃん。 時間が時間ですものねー、とほのぼのな会話。
そして4人でお茶をしようと言う事になったらしい。2人の隣に尚香さんも座る。 さらに待ち人が増えた訳だ。
これは急がなければとはやる心を押さえつつ、書簡をどんどんと整理していく。
きゃっきゃっという声が響く室内で、公瑾さんはもくもくと仕事をしているのが見える。あ、あれは 諦めた顔だな。
そうして、もうどうでもいい、という表情でこちらに歩いてきたかと 思ったら書簡一掴みして、それを私の机の上にどさどさと置いて行く。




「今日はこれを整理したら、もう良いです」
「え、でもまだ・・・」
「あの方達のお相手をしてさし上げてください。それにあなたがいなくても私1人で出来ますから」




嫌みにしか聞こえないけれど、この人の場合はそうじゃない。 そう見えながらも、この人もそこまで悪い人ではないのだ。
そう言って送り出そうとしてくれたのを見て座っていた3人は目を輝かせる。
受けた仕事を途中で投げ出すのは嫌だけれど、ちょうど今渡された分でちょうどキリが付くのも確かで。
立ち上がった3人がこちらへ喜び勇んで近寄ってくる。なんか凄い懐かれた犬を見ているようだ。




「わーい、いいの?もうお仕事終わりー?」
「じゃあ、行こう!中庭のところでお茶しよ!」
「お疲れ様です、さん。公瑾殿もありがとうございます」
「いいえ、お気になさらず」




口では尚香さんにそう言っているが、さりげなくお気になってる目線を私に送っているわけだが。
これはまた後でなにか差しいれを持って行った方がいいな。
公瑾さん、悪いですが先に休憩に入らせていただきます・・・!





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室を後にして二喬に手を引っ張られながら、中庭へ向かう。その横を微笑みながら尚香さんが歩く。
やっぱりいいなぁ、このほのぼのとした感じがたまらなく癒されるのだ。 2喬は、たまに強引な部分もあるけど・・・それは今はまだ置いておいて。
中庭を横切ると桜に似た花があったりして、やっぱり春は華やかで良いなぁ、と思える。 桜は、少し日本を思い出しもするのだけど、それでも今のこの空気が好きだ。




「ちゃん?どうしたの?」
「え?・・・・ううん、なんでもない」
「大丈夫?お仕事のしすぎで疲れちゃった?」
「それは大変です!兄上に言わなくては・・・!」
「いやいや、大丈夫だから。・・・ってなんで仲謀?」
「え?!・・・あ。い、いや!なんでもないのです、さん!」




今、明らかに「あ」って言ったけど・・・なんか本人は隠したがっているみたいだし、深くは追求しないで おくか。
中庭の開けた所にちょうどお茶を飲めるようなスペースがあった。
花を愛でながら飲んだり出来る様である、やっぱり風流な事が好きなんだなぁ。
日本にいた頃はほとんど花より団子状態だったし・・・たまにはこういうのもいいかもしれない。

のんびりとした気持ちで椅子に腰かけると、瞬時にその両側を二喬に、目の前を尚香さんに固められた。
な、なんだろう・・・この逃げられないような、そんな焦りを抱かせる陣形は。
両腕にしがみついてくる二喬がそうさせるのか、目の前の尚香さんの身の乗り出し具合によるものなのか、 それはなんとも言えないけど。のんびり具合など空へ飛んで行ってしまった。てか尚香さん、机を挟んでいるはずなのにかなり近い。



「な、なんなんです、皆さん・・・」
「ちょーっとちゃんに聞きたい事があるの」



壮絶に嫌な予感。小喬がにっこりと笑ってそう言った。
これは面倒事になる一歩手前、崖の淵ギリギリの所だ。 逃げ出したいと思ったけれど、がっちりホールド状態で抜け出せそうにもない。 観念して、ため息ひとつ吐いてその先を促した。すると3人は嬉々として疑問を投げかけてきた。



「さんは、やはり兄上、」
「いや違うかも、公瑾とも怪しい感じだし、」
「それともやっぱりちゃんには別に誰か」
「は?ちょ、一気に喋られても全然分からないです」

「ここは、私が代表して聞きますね!・・・さん!」
「・・・・はい、なんでしょう」
「き、気になる方・・・いらっしゃいますか?!」
「うんうん、ぜひ聞かせてほしいなぁ」
「ねー!気になるよねー!ちゃんってあんまりそう言う事話さないし」
「興味があるんです・・・!お願いします、教えてください・・・!」



なにも両手にすがって、そんな頭まで下げなくとも。なんでそんなに切羽詰まった様子なのか、 さっぱり訳が分からない。
されるがままになった状態で首を傾げる。
気になる、気になるねぇ・・・と小さく繰り返し呟きながら、思い浮かべてみる。



「気になる、かぁ・・・うーん、」
「なになに?ちゃん」
「な、なんですか・・・!」
「教えてよー、もったいぶらずにさ」



うーん、と考え込む。気になるというと・・・。
結構仲謀軍は気になる人満載な気もするけど。君主である仲謀も、都督の公瑾さんも気になる。 なんであんなに俺様なのかとか、いつも笑って嫌みを言うところとかかなり気になる。 あと子敬さんがあんなに小さい訳だとか、尚香さんの武器の扱いだとか・・・・。



「いっぱいありすぎて答えられないくらいあるなー」
「・・・?!」
「えー、具体的には教えてくれないの?」
「うーん、しいていえば、仲謀と公瑾さんの事かなぁ、」
「えっ・・・!」
「な、なに?まずい事言った?」
「い、いえ!わざわざお答えくださってありがとうございました!」
「へぇーふぅん、そっかー、ちゃんがねぇ・・・」












 気になるあの子は
「兄上!さんは兄上の事を気になってるそうです!」
「はぁ?!お前何を勝手に・・・!」
「良かったですね、兄上!私も応援します」
「ば・・・・っ!尚香。余計な事すんなよ!」

「公瑾ーっ!良い事教えてあげよっかー?」
「またですか。・・・・なんなんです?」
「あのねちゃん、公瑾の事気になってるみたいだよ。良かったねぇ」
「・・・・は?」






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