「ねぇ、君の所にさー、ちゃんているよね」
「やらねぇぞ」
「?誰なんだ?」
「ちょっと黙っててもらおうか?劉玄徳」



公式の場で集まる事はあまりないと言える三君主はこの日、呉に集まって、会議を開いた。
そこでも大人しくしていないのが曹孟徳だった。 会議も一息ついた所で、お茶を一口飲んでから孟徳はそう切り出した。
もちろん、次の瞬間には一刀両断されてしまった訳だが。 ・・・・・だが、孟徳はそんな事で諦めるような男ではなかった。



「あの子、うちに欲しいなぁ・・・って」
「だからやらねぇって」
「・・・?聞いたことない名だが・・・」
「いいじゃない、呉軍はいろいろ華があるでしょ?魏はほんっと華がなくてさー」
「だからやらねぇって!はうちのだからな!」
「はいはい、じゃあ一旦解散って事で、勧誘してくるよ」
「だっ、ちょ、待て!曹孟徳ッ!!」
「・・・か。どれ、俺も見てくるか」
「ちょ、オッサン共!待てって言ってんだろーが!!」



ばらばら、と席を立ち、あっという間に自己解散してしまった孟徳は分厚い扉をいともたやすく開けて、外へ 出て行ってしまった。それに倣った様に玄徳も立ちあがって出て行ってしまう。
そういえばこの間、が孟徳と接触したって言ってたので、十分気をつけて顔を見たらすぐさま逃げろ、 場合によっては手段を選ばない感じで蹴りあげるも可(どこはとは言わなかったが、素直に頷いていたので大丈夫だとは思うが )とは説教したが。
なんなんだ、こいつらだけには、あいつの存在というものを知らせたくなかったのに、なんでこうもぼろぼろと!
と仲謀は叫びたい気持ちを必死で堪えて、2人を追いかけたのだった。











「んーどこかなぁ。この前は中庭で掃除してたけど・・・」

特に役職はなく、雑用の様な扱いの彼女だ。前ここであったからと言って、次もここで会えると言う訳ではない事は、 孟徳とて分かっていた。 ふむ、と顎に手を当てて考えてみる。
仲謀の警戒っぷりからいって、あまり外には出していない気がする、というか絶対表にはもう出さないようにしているだろう。 そうなると・・・やっぱり室内か。
そんな推理を頭の中で展開させて、孟徳は室がある方へと歩き出した。











一方、つられて出てきてしまった玄徳は出てきたもののどうしたものかと首を傾げていた。
、と連呼する孟徳に、それからそのという人物を仲謀が守ろうとしていたと言う事に興味が沸いたというのもある。 2人が顔見知りで自分だけ知らないと言うのもなんだかなぁ、と言った、本当に漠然としたような気持ちで、 出てきてしまっていた。
かといって2人とは違い、顔もどこにいるのかも知らないという人物を探すというのは途方もない事だと、 その頭では分かっていた。
全ての室と廊下を繋ぐところに丁度良い木陰を見つけた玄徳はそこへ座り込んだ。
休憩しがてら、という人物を発見できればいいな、とそう思いながら。



「あっ、ちょ、もう・・・・・」



いつの間にか木陰の気持ち良さに少しうとうとしていたようだ。
ここで雲長や、芙蓉がいたらその事についてくどくどと、小言が飛んできてしまうに違いないのだけれど、 あいにくと2人はここにはいない。
瞑っていた目をゆっくりと開けると、午後の日差しが目に飛び込んできて思わず顔をしかめてしまう。 でもなにより気になったのは、自分が座っている前の長い廊下を書簡を大量に抱えながら歩く女の姿だった。



「も、ちょ!もーーーー!!一気に持ち過ぎた・・・こんなことなら公瑾さんに見栄なんか張るんじゃなかった・・・」



しかも玄徳の目に飛び込んできたのは、一歩歩くたびに、書簡が彼女の腕から零れ、それを拾おうとかがんだ所で、またしても別の書簡が落ちると言った、 永遠に運べないのでは?と思ってしまうほど一歩進んで3歩下がる状態だった。
さすがにそのまま見ているだけでは申し訳ない、と君主にあるまじき気楽さと、気遣いで、玄徳は彼女の所まで 歩み寄った。さすがは、義の心を掲げるだけはある。
しかし彼女は書簡にいっぱいいっぱいで玄徳には気が付かない。



「でも今更半分になんて出来ないし・・・・これはもうやるしかっ!!」
「良ければ、てつだ・・・・っだっ!!」
「い・・・・・っ!!!!」



しゃがみこんでいた彼女が勢いよく立ちあがるのと、玄徳が歩み寄ってしゃがもうとした瞬間が丁度かち合ってしまい、 予想だにしない痛みが2人を襲った。
あまりの痛みに、両者涙目である。いや。玄徳は泣きはしないが、痛みは確かにあった。
そして抱えていたわずかばかりの書簡はその痛みによって彼女の手を離れて床に散らばってしまった。



「う、うっ〜!い、た・・・いたい・・・」
「す、すまない。大丈夫か?」
「な、なんとか・・・・!こちらこそすみません、石頭なのに・・・」
「こちらこそいきなり声を掛けて・・・・っ!」
「どうか、しました?ま、まさか打ち所が?!」




いや、大丈夫だ、と笑顔を返せば、 わたわたとして玄徳の様子を伺う様子はまるで小動物の様だ、と思ってしまったのは仕方ない事だと言えよう。
今まで探していた「」 なる人物の事はすっぽりと頭から抜け落ちてしまい、 玄徳は気を取り直して、この人の手伝いを申し出た。 それにどうやら彼女は自分の事を知らないらしい。下手に身分がばれているとうるさく騒がれる事もしばしばあったので、 玄徳にとってはこの状況は良いものだと言えた、と思えたのだが。





「いやいやそんな事させられません!」
「・・・ま、まさか知っているのか?」
「・・・・?何をです?あなたはきっとお客様ですよね?お見かけした事がないので」
「あ、ああ。なんだ・・・・そう、だな。呉へは用事で来たようなものだ」
「やっぱり!そうじゃないかなって思ってたんです」



こちらへ向けられる笑顔は曇りないまっすぐすぎる笑顔で、玄徳はその笑顔を受け止めながら、 考える。これほど穢れを知らない笑顔はとても心地が良い。そして同時に珍しい。



「やはり、手伝おう」
「え、いや、その・・・!」
「半分だけだ、それならいいだろう?」
「あ、ありがとうございます。実は1人じゃ困ってて・・・助かります」
「ああ、知ってる」
「へ?」



あそこで見てたから、と先程までうたた寝をしていた木の下を指せば、彼女は元々赤い頬をさらに赤くして、 俯きながら小さく見てたんですね、と呟いた。
しかしどうにか持ち直したらしく、あのままの状態だったら室までたどり着くのは日が暮れても無理だったかもしれない、ありがとうと 腕いっぱいに抱えた書簡をもう一度抱え直しながらそう言われた。
彼女の持つ黒髪が午後の穏やかな風に吹かれて揺れる。
自分より頭一つ分小さい彼女は書簡を抱えるので一生懸命で玄徳の視線には気が付いていない。
ときおり自分を見上げるその目が、その表情ひとつひとつが生き生きと玄徳の目に入ってくる。
一生懸命で可愛らしい方だ、と玄徳の心の中にすとんと落ちた。

そして今自分の横にいる彼女こそが2人が言っていた「」だと知るのはもう少し後の話。










警告:あなたのハートを撃ち落とします






(110426)