「俺・・・っ!!お前が好きだっ、付き合ってほしい!!」
「・・・・はい」



かっと顔が熱くなるのを感じた。
彼の目は私の目にきっちりと合わせられていて、 それに驚くと同時に、彼がそう言ってくれた事がとても嬉しかった。
彼の真っ赤になった顔につられて私もきっと真っ赤な顔になったのだろう。
それでも私が勇気を振り絞って 出したその答えは彼には十分すぎるほど伝わったらしい。 彼はその場の勢いで言ったのかと思ったけれど、前々から考えていたんだという事を聞いて、 ますます幸せな気持ちに浸っていた。



そんな夢みたいな話が本当にあるのだと自覚したのは、告白を受けてからで。
ほわほわとした夢の中にずっといるようなそんな気持ちになっていた。
このままほわほわ とした気持ちで続けていければきっと幸せになれるんだと、思っていた。
私は告白をされる前から、彼が好きだった。明るい笑顔、はきはきとした行動、 Sクラスにプリントを頼まれて持って行った時にクールな人ばかりのSクラスで戸惑っていた私 に声を掛けてくれたのが彼だった。気遣いも出来てとっても優しい。
Sクラス、Aクラス関係ない交友関係の広い人で、いつも皆の輪の真ん中にいるような、そうアイドルだったのだ。
事実、彼はアイドルコースで、私は作曲家コースであったから。


ただ学園は男女の交際を禁止していたし、表立ってはなかなか一緒にはいられない事も分かっていた。
だから付き合っているはずなのに、微妙な距離感はいつまで経っても縮まる事はなかった。



そんなこんなでばたばたと慌ただしく過ぎていく時間において行かれそうになりながら、日々の学園生活を必死に 過ごしていると、この 状況を脱出出来るともいえる合宿がやってきた。
私は、この合宿でなら、パートナーを組んでいる彼と一緒にいて、心を通じ合わせることができるんじゃないかと考えた。 一緒にいたら、きっと、そう。大丈夫なんだと、そう笑って見せれば彼も、そうだな、と言って笑ったから。
私は少しほっと胸をなでおろしたものだった。
















合宿ではパートナーを決めて、2人で課題をクリアすることが求められた。
私はもちろん、彼もかなり張り切っていたので、付き合ううんぬんのことはさっぱりと頭から抜けていて、 課題をいかに上手くこなすかというところに非常に躍起になっていた。
上手に、それでいて心躍らせるようなそんな歌が作れたら、歌えたら、なんて思っていたのはどちらも同じ。 将来の為にもこの課題には真剣に取り組んでいかなくてはという気持ちでいっぱいだった。
私が意見を出せば、真剣に耳を傾けて聞いてくれたし、逆に彼が私に提案をした時は、私も真剣に頷きながら聞いた。
だから、心は通じ合っていると信じていたかった。大丈夫、大丈夫って。
この微妙な距離もいつか微妙ではなくなって絶妙になるんだって、そう根拠もないままに思っていた。









そうして迎えた合宿3日目にそれは起こった。
彼との打ち合わせを控えていた私は、課題で作った曲を小さく口ずさみながら辺りをふらふらと散歩していた。
こうしていると良いフレーズが浮かぶ事があるからだ。浮かんだフレーズを素早く書きとめながら、 ゆったりとした時間を過ごしていた。
その時だった。ぱっと目の前に現れた男の人に手を引かれて連れ込まれたのだ。 壁に追いやられて、思わず目をつぶってから恐る恐る開いてみれば、ばっちりとこっちを見やる男の目とかち合った。
いきなりでびっくりして上手く動かない思考をフル回転させる。
・・・・これは危ない。どうしよう、と考えながら、目を逸らし、下へと移す。



「ねぇ、なに?その目」
「え?あの、」
「その目を見てるとおかしくなるんだよなぁ、」
「ちょ、や、やめてくだ」
「なんなの?なにか問題でも?君もそういうつもりでしょ?」
「・・・っ!!違います、どいてください!!」




くっと手を引かれて相手の腕に挟まれてしまう。後ろは壁。
男の人って女の人に優位すぎるなんて事を思うのはもう何度目だろうか。

激しく抵抗して相手の胸を押したけれどやっぱり男女の差と言うのはかなりある。 やだやだやだ気持ち悪い!!!
自分の気持ちが落ち込んでいると、やはり周りに少しでも そういう事を考えた人を引きずってしまうのか、なんなのか、相手は一向にどいてくれない。
止めて、と叫んだって、あまり人気のないがらんとしたこの辺りでは叫んでも効果が薄い。 とそんな事を考えたけれど、ホールなだけあって管理している人がいたらしい。 ちょうど見廻り途中だったおじさんが 異変に気が付いて駆け寄ってきて、何をしているんだ!と男の人にそう叫んだ。 相手の男の気がそのおじさんに逸れた隙に私はその腕から抜け出した。
おじさんが引き離してくれたおかげでその男の人も正気に戻ったようだ。

良かった、なんて考えて、私はまたそっと目を伏せた。全然良くなんかない。と今更涙がこみ上げて視界が潤んだ その目の端に、見慣れた制服と帽子が見えて、安堵の息を漏らした。
ああ、やっぱり彼は王子様だったんだって。私のピンチには必ず駆けつけてくれるんだって。



「来栖くん・・・!」
・・・・」



そう胸がいっぱいになった私は彼の元に走ってそのままぎゅっと抱きついて、その肩に涙を落した。
落ちつくまでそうやってから、とりあえずホールから離れる事にした。
隣に連れたって歩くのはなんだか久々な気がする。なんだろう、 それだけで心が躍ってしまうのは私だけなのかな、なんて考える。変に開いた肩の距離には気が付かないふりをして、 私は彼に話しかける。



「あのね、来栖くんのおかげだよ、ありがとう」
「別に、俺はなにも出来なかったし間に合わなかっただろ」
「そんな事ない!嬉しかったから」
「・・・・あのさ、なんでそう言う事言うんだよ。じゃあなんで、ほいほいついていくんだよ!!」
「え・・・・。あの、ごめん、なさい・・・・」
「はぁ、どうせ誘われたとか、誘ったとかなんだろ?もう好きにすればいいじゃねーかっ!」
「なっ・・・・!ち、違う、違うよ!!」
「・・・もういいって。じゃあな」
「来栖くん・・・・っ、」



突き刺さる言葉のひとつひとつが酷く痛くて、ぐりぐりと抉られる感触。
さっきは来栖くんの姿に安堵して流した涙で涙は出しきってしまったのか、 今は茫然と目がからからと乾いて行くのもお構いなしに、去っていく来栖くんの後ろ姿を見つめるので精一杯だ。
なんでこんなに上手くいかないんだろう、どうしてこんなに難しいんだろうって思うしかないのが酷く悲しい。
好きだって、まっすぐ言ってくれたのは、やっぱり私の夢かなにかだったのかもしれない。
・・・・・いっそ夢だったらよかったのに。

茫然としたままそこに立ちつくしていた私を見つけたのは、春ちゃん友ちゃんのペアだった。
彼女たちの姿を見た途端さっきまでひっこんで一生出てこなさそうな涙が一気にせり上がってくるのを感じた。 こういうところ私はあざといだとか、甘えとか良く言われてしまう所なんだろうけど。
私は別に涙のコントロールをしているわけではない。ただ心のままに涙が出てしまうだけなのだ。
ぶわっと溢れだした涙を手のひらで押さえたけれど、やっぱり止まらなくて、さっきまでは別に我慢できたのに、 まだ茫然とするくらいで自分を保っていられたのになんなんだろう。心配そうに涙を拭おうとしてくれる春ちゃんと、 頭をぽんぽんっと撫でてくれる友ちゃんが優しくて仕方がなくて。

彼を困らせたくはない、あの太陽みたいな笑顔を曇らせたくない。でも苦しい。
苦しくて苦しくて、 心がなんだか悲鳴を上げているみたいだった。

















(110906)