彼女にあの言葉を吐き捨てて、そのままそこにはいられなくなって、走り去った。
走って走って、息が苦しくなって一度止まってはぁ、はぁと息を吐きながら壁にもたれる。
そのままずりずりと腰を落とせば、 若干苦しさが止められた気がした。心は最高に重かったけれど。




すると、自分が走って来た方から、見慣れた赤い髪が続けて走って来た。あの赤い髪は音也だ。
音也は彼女の友達だ。彼女の事を詳しく知れたのは音也に聞いたからでもある。
音也は彼女に告白することに賛成してくれたし、もちろん告白までも随分と手伝ってくれたものだ。
しかしいつも笑顔の音也は今日は笑顔ではなく、真面目な顔で俺の前に立った。
だから俺もこれ以上見下ろされるのは嫌だったから、腰を下ろしたときと同じようにのろのろと立ち上がった。
立ち上がって早々、音也は口を開いた。




「・・・・ねぇ、泣いてたんだけど、なんで泣いてたか分かる?」
「分かんねぇよ。・・・・・・・・・・・だってあいつ俺じゃなくても他に、」
「なんで分かんないんだよ!あの子は翔じゃなきゃダメだって」
「お前こそなんでそんな事言うんだよ!傍で見てるから余計きついんだって、苦しいんだよ!!」
「あの目のせい?あの目を持ったのはのせいじゃないでしょ」
「・・・・・・」




彼女がこういう事に遭うのはなにも今日だけじゃない。俺がいない時にも、いる時にもそういうことは頻繁にあったから。
たとえばプリントを手渡す時の彼女をじっと見る奴とか、今日みたいに激しい奴もいる。
課題の最中にふ、 と手を止めて横を見れば、彼女は笑ってくれるけど、そのさらに後ろの奴がじっと彼女を見ているということも気が付いて しまった。
彼女の周りは何故か、引きつけられるオーラのようなものがあるんだろうか。何度覗き込んでみても、 彼女は可愛いままであったし、しいて言えばその辺りの事だけだ。魔法とも言えない、 いわば呪いのようなそのオーラは彼女をいつも包んでいた。 そんな事を考えて、黙って俯けば、音也は小さく咳払いをして、顔を上げるように言う。
そして、俺の目をじっと見て音也は口を開いた。




「ねぇ、にとってこうしてもらえるのって凄い事なんだって知ってた?」
「は・・・・?なにが?」
の目はさ、少し特別?っていうのかな、見た人を惑わせる能力があるんだって。誰かれ構わず」
「・・・・・・は、何言ってるんだよ」
「ほんとだよ。でも1回目を見てしまうともうその人と目を合わせる事は出来なくなるの、ふわぁってして 焦点が合わなくなるんだろうっては言ってたけど」
「・・・・・」
「だから翔が目をじっとみて、告白してくれたこと凄く嬉しかったって言ってた。それに自分が好きだった人に、 そう想ってもらえてたなんてすっごい事だね、って笑ってたんだよ」
「そんなん知るかよ・・・だって、俺は、何も知らなかった、し」
「両想いって、幸せってすごい確率で生まれるんだねって」
「・・・・そんな事1回も俺には」




その後は何を言って音也と別れたか覚えていない。
酷く虚ろな気分だったし、かといってあんな事を言って傷ついた様に凍った彼女の表情を振りかえるだけで、 また息が出来ないほど苦しくなった。
彼女のせいじゃなかった。彼女を取り巻いているあのオーラ、目のせいだったのだ。かなりお伽噺めいている話しだけれど、 そう言われてしまえば、そうなのか、とすんなりと思った。
あんな事を言ったのは自分だっていうのに、あんな顔をさせたのは他でもない自分だというのに。
馬鹿、大馬鹿。帽子に 手をやって、少し深く被れば、この気持ちも深く深くしまえるんじゃないかなんて思ったけど、そんなの無理に決 まっているし、そんな風に容易く沈められるような気持ちでもないのは今のこの胸の痛みが教えてくれている。




彼女にはその場の勢いじゃなくてっ!と告白した時にそう言ったけれど、今冷静になって考えてみれば、 あれは爆発した結果だったのかもしれない。 難しい問題だ。ただ、俺が言えるのはその“彼女の目”とやらに惑わされた事ではないと言う事だ。

教室は違ったからいつもいつも見れるっていう訳じゃないけれど、それでも俺は彼女という人間に惹かれて、 その心に惹かれてああなったのだと言える。目のせいではない。
たまに移動教室で見かける彼女が笑っていると俺も幸せな気持ちになれるし (レンになににやにやしてるんだい、おチビちゃんと言われた) たまにすれ違った時の俺に向けてくる彼女の笑顔の威力は半端ない。悩んでいた事も吹っ飛んでしまうくらいに大好きだ。
笑顔だけじゃなくて、怒った顔も拗ねた顔も手を繋いだ時の照れた表情もたまらなく好きだ (教室に戻ってじっと繋いだ手を見ていたらトキヤに手相が良かったんですか?なんて見当違いのことを言われたけど)(トキヤは 一応アイドル志望なんだからその言葉はちょっとヤバいだろう)

そこまで考えて俺は頭を上げた。こんな事をしている場合ではないのだ。 俺は、彼女を探して、走りだした。
さっき勢いで逃げてきた時に走ったから、かなり体力はなくなっていて、 走る姿は随分不格好になったけれど、早く、早く彼女にこれを伝えたい。
自分がどうしようもなく馬鹿で、理解をしようとしなかったこと。
くだらない嫉妬で彼女を酷く傷つけた事を謝りたいと思った。


















バタンッ!!と扉を開ければ、ホールの隅に座っている彼女が見えた。
音に気が付いて顔を上げて、それから俺の顔を見て、また逸らす。そう、今までは彼女はその目が効くかもしれないと 思いながらも俺を信じてずっと見つめ続けてくれたっていうのに。
いつ俺の焦点が合わなくなるか分からないのに。その彼女のかすかな希望を砕いたのは、俺自身だ。
もうなりふりなんて構ってはいられない。俺は走って彼女の元まで行き、少し息を整えてから、勢いよく頭を下げた。




、さっきは・・・ごめん!俺、」
「来栖くん・・・・」
「俺・・・俺は、どうしようもない嫉妬で、お前の事傷つけた、自分が1番わがままだった。お前の目の事、」
「目の事聞いたの・・・音也くん?」
「ん、音也。お前の目の事とか、教えてくれた」
「そっか。ここにいれば来栖くんがきっと来てくれるよって言ったのはそう言う事だったのかな」
「・・・・は俺の事許せないと思う、酷い事言ったって。俺が、俺自身が1番そう思うから」




ぎゅっと握ったこぶしが震えるのを感じる。自分が酷い事を言って傷つけたのは本当で、 そう今も言葉にしていると言うのに、彼女に振られ、彼女の視界にも入れなくなる生活がこの先待っていると考えると、 息ができなくなるくらい、胸が苦しくて張り裂けそうだった。
はぁっ、と息を吐いてそこまでマシンガントークで話してから、彼女の口から出る言葉を待ちわびる。 彼女は小さな、でも透き通るような声で俺に語りかけるように話す。




「あのね、私、来栖くんが目が効かないから好きになった訳じゃないよ」
「え」
「それにいつ目がまた効くのかも分からなかったけど、でも私、来栖くんが好きで、 目の事知られた今でも好きで。気持ち悪いって思うかもしれないけど、でもどうしようもないの」
「え、・・・?」
「傷付けたって来栖くんは言ってくれるけど、私も来栖くんを傷つけていたんだなって、あの時思ったの。 自分ばっかり酷い目に遭ってるなんてそんなことない」
「・・・・」
「だから、だからね、来栖くん!出来れば私、あなたと・・・、来栖くんと・・・!」
・・・っ!」
「わっ、」




必死に募る言葉に、そして彼女の表情に嘘はないように見えた。そうあって欲しいと、そうなれば良いと思った事だった けれど、本当に夢みたいで。今も夢に浸っているんじゃないかって、そんな事を思ってしまう。
彼女の表情に出る必死さが、俺の鼓動を早くする。もしかして、もしかして、もしかして。

そんな藁にもすがるような気持ちのままに、ぎゅっと握った拳を開いて彼女の手を引いて自分の胸へと迎え入れる。
嫌だと言われももう離したくない。
わたわたと慌てている彼女の様子にまさか、だめ?なんて脳裏を駆け巡ったけど、ただ照れていただけらしい。
良かった、本当に良かった。そっと見えない様に吐く息が震えていた事なんて気付かれたくない。
俺の腕の中にすっぽりと入ったまま、彼女は、は、嬉しそうに目を細める。




「それにこの目、来栖くんと付き合うようになってから随分大人しくなったなぁって思ってたの」
「そ・・・・それで、大人しくなった方なのか!?」
「え、うん。随分大人しくなったよ?そう見えない、かな?」




俺はついつい声を大きくして聞いてしまった。
ということは俺が告白しようかどうしようか、いや明日の方がいいかな、いや、課題を終わらせてすっきりしてから、 ということは月末の方がいいかな、いやいや、でも早い方がやっぱりいいかな、でももしかしてもしかして、 100万分の1の確率でOKしてもらえたら、課題なんて頭からすっぽり抜け落ちて、出来なくなるかも。 やることきっちりやれない男って思われても嫌だし、やっぱりもう少し立って卒業オーディションも順調になった所で ・・・あーいや駄目だ、のパートナーになれないと、俺卒業オーディションも満足にこなせないかもしれない。 なにより俺以外のパートナーの横で笑っているを見たくないし、いやでもそうなるとやっぱり今週中? どうしようなにも準備してな「今日行って告白すれば?」「・・・そうします」




なんて事をやっていた時にも被害は甚大だった訳だ。恐ろしい。本当に音也の言う通りあの時告白して良かったなぁ。
彼女にこんな風に触れる事が出来る日が来るなんて感動物だ。
付き合った当初は、あんなに想っていた彼女が本当に自分と付き合っているのか不安で、手を握るのも精一杯、 目を合わせるのも緊張の連続だったから。




「来栖くんと付き合い始めてから、ずっと距離を取ってるなぁってずっと思ってた」
「それは・・・」
「だからもしかして来栖くんが告白してくれたのはなんかの罰ゲームとかでそれを私が受けちゃったから 困ってるのかな?なんてこと考えた事もあったんだよ」
「・・・・・っ、だって、・・・その時は・・・緊張して・・・!」
「だから手を握ってくれた時は本当に嬉しくて、嬉しくて仕方がなかったんだよ。ありがとう・・・翔くん」
「なっ、今、おま・・・!!」




ふわりと笑う彼女の方が俺よりも随分高い位置にいる様に思えて、俺は情けなくなったけれど、 でもそれでもいいかなんて思っちゃうくらいには俺は、が大好きであると言う事だ。 そうして今、彼女の横にいるのが自分であるということが心底嬉しいのだと沸き上がる笑みに、これ以上ないくらいの幸せを思った。









君にかけた魔法のときかた








(110907)