やっぱり朝はすがすがしい。寮生活もなかなか良いものだ、と思う今日この頃だ。 まぁ、ルームメイトはまだいないのだけど、それはこの際置いておく。
そんな事を思いつつ、歩いて行くと目の前を赤い髪の少年が横切る。 あーまたサボりかなぁ。と思いながら横目で見て通り過ぎ様にぽん、っと肩を叩く。 …面白いくらいにびくぅ!とする様子が笑える。


「おはよ、ラギ」
「な、なんだおまえかよ!驚かせんじゃねー!」
「ラギに疚しい気持ちがあるから、そんなにびくびくするんだよ」


にっこり笑顔100%で挨拶をしてみれば、随分な言われ様である。
実際の所サボりか、厨房に忍び込もうとか考えていたんだろうけど。 でも面白いくらいに挙動不審な様は、やっぱりからかうのにちょうど良いのだ。


「てめーはもうこっち来んな!」
「はいはい、またね」


突き放す言葉通りに離れて歩き出せば、若干の視線。自分から来るなと言った割に、こういう可愛い事するもんだから・・・。 でも振り返ればきっと可愛いくない事を言うであろうから、わざと気が付かない振りをしてあげるのだ。





そのまま外壁を沿う様に歩いていると前から本を読みながら、ふらふらと歩いてくる青年がいる。 横の溝にはまりそうになった時に腕を沿え、そっと道筋を変えてやる。 その時初めて私の存在に気が付いたかのように彼は本から顔を上げる。


「あれ、?」
「・・・ユリウス、おはよ」
「おはよう、ちょうどよかった。前の授業でちょっと疑問に思う事があって…」
「あーユリウス?私ちょっと用事が…」
「そうなんだ。でもごめん、こっちも気になる事が多過ぎで眠れないくらいなんだ」
「そうかーユリウス、ちゃんと寝なきゃダメだよ?じゃあね!」
「あ、ちょっと待って!!」


引き止める声が後ろから投げかけられるけど、私が止まる事はない。それこそ風の如くだ。 ここで捕まってしまったら確実に30分は足止めを食らうだろうから。





足早にその場を立ち去った私は、曲がり角で唐突に衝撃を感じた。衝突によって跳ね返される身体をどうする事も出来なくて ぐらりとした。その瞬間手首を掴んで引き寄せられた。相手の力が強い為、そのまま身体に密着する。


「おはようございマス、
「ビラール、おはよ。ぶつかってごめん」
「大丈夫デスか?が無事なら私も一安心デス」
「……」
「……(にっこり)」
「あー、ビラール?もう大丈夫だよ?」
「…ああ。すみまセン、私、心配性なものですカラ」


変わらぬ笑顔のまま、離される。その笑顔に私はどれだけ流されただろう。だがそうなってしまうオーラを纏っている彼に、 私も対抗して笑顔で手を振りながらその場から立ち去るのだった。





そろそろ朝食の時間が近づいてきている。
私は食堂へ向かうことにした。まだ朝の早い時間な為に食堂はわりかし人はまばらで、そんなにも混雑してはいない。 と、そこで私はこの場所には珍しい人物を発見した。
私は急いで朝食が乗ったトレイを手に持ち、いそいそと彼が座っている席の真ん前に陣取った。そしてその後聞く。


「ここ、いいかな?」
「いいかな、もなにも、それは座ってから聞くものじゃないと思いますが」
「そう?まぁ、エストならいいって言ってくれると思ったから」
「いい、っていうか、勝手に座っただけじゃないですか・・・はぁ」
「ため息つかない!幸せがどんどん逃げて行くよ。ほら、私のハム1枚あげるから元気だして」
「・・・はぁ」


ため息だらけの彼の名前は、エスト。年下なんだけれど、私より随分大人びている。
前見たときはサラダだけの食事をとっていたり、その前は紅茶だけだったりと、かなり偏った食生活をしているので、 見かけたときには積極的に何かをあげるようにしている。お菓子だとか、そういう軽いものを。 周りから見たら、懐かない猫に餌をやっているような感じだろうか。・・・うーん、エストが懐くなんて 一生ありそうにないけど。


私、めちゃくちゃ喋る。エスト、淡々と相槌。という食事の時間が過ぎ、エストに別れを告げて最初の授業へと 向かうことにする。エスト、なんだか不機嫌そうな顔をしていたけれど、別にいろいろ朝食で食べ物を勧めたせいでは ないだろうと、思うことにする。





!・・・聞いていますか?!」
「うわぁ、っはい!な、なななんでしょうか!」


おなかいっぱい食べていたせいで、うつらうつらとうたた寝をしてしまっていたようだ。先生の呼びかけと一緒に、 まどろんでいた私の意識は一気に急上昇した。がたん、と大きな音を立てて立ち上がれば、「テキスト読んで」と先生の呆れた 声。 すみません、と一言謝ってテキストに目を落とすが、どの場所を読んでいたのかすら分からない。
どうしようと、目で助けを求めた時、ふと目立つ金髪が目に入った。


「ノエル・・・!何ページ読めばいいの?!」
「256ページだ。また寝ていたな?!」
「ありがとう!ノエル」


ノエルに聞いたところを読むと、先生はよろしいと言って授業をまた再開した。 私はほっと一息つくと、席に着く。そして横に座っていた恩人に耳打ちする。


「さっきは本当にありがとう、ノエル!」
「いや、別にそれは構わないぞ。何て言ったって僕は世界一の、」
「あーそれは毎日聞いてるからいいや」
「いいや、ってなんだ君は!僕の夢を笑うとは・・・!」
「笑ってないけど、いっぱい聞いてるからもういいかなーってね」
「な ん だ と ?!」
「とりあえずさっきはありがとう。本当に助かった、さすがノエルね」
「へ?!あ、ははは、そうだろうとも!何て言ったって僕は、」
「あー、分かった分かった」
「世界一のって言う事も許されないのか!!」


ぎゃいぎゃい叫ぶノエルが先生に見つかって、お叱りを受けるのはこの30秒後。
恨みがましくみられたけれど、でも私のせいではない。とか思ってたら、そんなことは先生はお見通しらしい。 きっちりとペナルティを押し付けられた。・・・うう、せっかく逃げ切れたと思ったのに。 同じことをノエルも思っていたようで、私たちは顔を見合わせてそろってため息をついた。





そしてすべての授業が終わったこの時間。先生に押し付けられたペナルティをこなす為、私は空き教室の前に ほうきとバケツを持って立っていた。
ちなみにノエルは裏山まで行って薬草を採ってくるペナルティだった為、 別行動だ。後で、覚えてろよー!とどこかの雑魚悪役みたいな言葉を残して、ノエルは元気よく裏山へと 駆けて行った。元気だな・・・ノエル。


がらりとドアを開ければ空き教室なだけあって、埃っぽい空気が私を包む。
まず空気を入れ替えようと、窓を開けようとする。窓のカギに手を伸ばした瞬間、後ろから目を塞がれた。


「だーれだ?」


誰、ってこんなことするのは1人しかいないだろう、1人しか! これをエストがやったりしたら、鳥肌が立つわ!


「・・・アルバロでしょ?」
「あらら、分かっちゃった。さすがちゃんだね」
「こんなことするのはアルバロぐらいなもんだから」
「そっかー。じゃあ今度はまた違う方法でちゃんを驚かそうかな」


軽い調子でにこにこ笑顔を浮かべているのは、アルバロだ。
かなり目立つ容姿をしているため、この学院ではなかなかの有名人だ。まぁ・・・朝から出会ってきた人たちは 皆それぞれかなり目立って、有名人な訳なんだけど。


「それでなんでアルバロはここに?何か用?」
「たまたまちゃんがここの教室に入っていくのが見えたから、少し遊ぼうかなぁって思って」
「私、遊びに来たんじゃないんですけどー!」
「まぁ、そんなカッコしてれば、遊びとは思えないけどね」
「分かってくれる?アルバロも手伝って・・・掃除」
「俺は面白いことしかやらないから。まぁ、ちゃんが後で俺と遊んでくれるっていうなら考えるけど?」
「謹んで遠慮申し上げます」


含み笑顔で微笑みかけられても何か裏で企んでそうで怖くて無理だ。
きっぱり断った私を見て、アルバロは若干不機嫌そうな顔を見せたけれどまた元のにこにこ顔に戻る。


ちゃんはなかなか面白いから、俺気に入っているんだけどね」
「あー、ありがとう?」
「まぁ、デートは今度また改めてお誘いすることにするよ、またね」


嵐のように現れて、そして去って行ったアルバロの背を見つめた後、はっと気がつけば何も片付いていない教室が 目に入った。
ああ、くそ!時間を無駄に取ってしまった!ほうきをじゃかじゃか動かして掃除をなんとか終わらせようと頑張る私だった。





掃除が終わったのはなんともう7時を回った頃だった。
先生を呼んで、まぁいいでしょうと確認を取った時には、もうおなかがぺこぺこだった。 部屋にそういえば食べてないお菓子があったなー、と思い寮の玄関ホールへと向かう。
大きな寮の扉を開けて女子寮へ向かおうとした時、1人の女の子が階段から落ちそうになった。 周りは急な事に追いついていないみたいで、その子と一緒にいた女の子は階段の上で固まっている。 そりゃ、びっくりするよね。いきなりだもん。
私は、マントの中から杖を取りだし、呪文を唱える。


「・・・ルル!」
「レーナ・ベントゥス。風よ、クッションの代わりになって可愛い女の子を助けよ!」
「・・・わ!すごい!」


ピンクの髪をした女の子が階段の下に叩きつけられる事もなく、風の力によってふわりと着地したのを 見届けた後、階段の上にいたメガネの子が駆け寄って来た。


「ルル!心配したのよ・・・大丈夫、どこも怪我はない?」
「アミィ・・・私は大丈夫!元気そのものよ!」
「無事みたいで良かった。魔法の律を適当に組んじゃったから心配だったんだけど・・・成功したみたい」
「さっきの魔法、貴女が?凄かったわ!ふわふわ宙に浮いて、まるで飛んでいるみたい!ありがとう!」
さん、ルルを助けてくださってありがとうございました」
「別に対した事してないってば、アミィ。気にしないで。えーとルルも怪我ないみたいで安心した」
「アミィ、この人とお友達なの?」
「こちら、さん。・・・とてもすごい人よ」
「アミィ」
「えーと、友達よ・・・大切な」


なかなか言ってはくれない言葉に感動している私だったがいつまでも感動で固まっているわけにはいかない。 ピンクの髪の可愛らしい女の子の方に目を向けて、あいさつする。あれ、学院でこんな子いたかな?


「こんばんは、わたしは。これからよろしくね!あまり見ない顔だけど・・・」
「私、ルル!今日からこの学院に来たの!よろしくね」
「そうなんだ。ここは楽しいからすぐに慣れると思うよ」


もう今日だけでもすっごくすっごく楽しかったわ!と目を輝かせるルルを見て、微笑んでから、 隣に立つ友人にも微笑む。これからの生活、楽しくなりそうだなぁ・・・。 そうしてここからミルス・クレアでの1年間は始まるのだ。









ピンクに色づく日々
「こんなところにいたのか、!僕があれからどんなに大変だったことか、・・・わっ落ちる・・・!」
「ノエルが階段から落ちても助けてあげないよ」
「ぎゃぁああああ!!」
「お前、容赦ねーな」
「そこがの良い所デス。ちゃんとノエルは生きて帰ると知っているカラ突き放すのデス」
「クールビューティ、っていえば聞こえがいいのかな?」
「あ、!やっと見つけた。探したんだ!あの授業で言ってた土属性のことなんだけど・・・ん、なんか踏んだ?」
「・・・痛っ!誰だ僕を踏みつけるのは・・・ってユリウス!またお前か!!」
「ああ、ノエルいたんだ。ごめん。・・・それで、ここは・・・」
「どうしようもない方ばかりで、本当に迷惑です。落ち着いて本も読めない」
「まぁまぁ、エスト。楽しいじゃない」
「・・・はぁ」









(090801)