その日は雨で、とてつもなく激しい雷雨が日本列島を襲った日だった。わたしは早足で歩いていた。 めちゃめちゃな強風にもうあんまり意味のなくなった傘を差しながらの道のりだった。
雷雨が、風が、吹き付けてああ、これは帰ったら即シャワーを浴びよう、と思った。 とにかく服がはりついて気持ち悪いのだ。べたべたするし、足はサンダルとすべって転びそうになる。 ゴロゴロと激しい音を鳴らせながら、雷はどんどんこっちへ近づいてきている気がする。
なんだかわたしは妙な居心地の悪さを感じていた。なんか、いやな、予感する・・・。 その嫌な胸騒ぎを覚えた瞬間、つんざくような音と雷撃が容赦なく降り注いだ。

、落雷により死亡。

そんないやーな死亡原因が頭に浮かんだ後、反射的に目を瞑ってしまった。それがいけなかったのか?
それ以外にどうすることもできなかった自分は、天災を呪うしかないんだけど。





風が髪をさらりとゆらす。今まで感じていた自分の身に打ち付ける冷たい雨の感触ではなく暖かい春の日差しのような 感覚がわたしを包んだ。 雷撃に見舞われたはずであるわたしがおそるおそる目を開けてみると、そこは天国とも地獄とも違う ように見えた。


「どこ・・・ここ」


それしか出てこない。というか今のわたしにそれ以上の事を望んでもらっちゃあ困る。
はは、と乾いた笑いを零すわたしに与えられたものは、ぼろぼろの傘と、同じくべたべたになって使い物にならない服、 それだけだった。RPGの初期装備の勇者だってこんなに悪い装備はないよ。あーあ・・・。
さっきまであんなに降り注いでいた雷雨は見る影もなく、空には太陽が元気よく光を振りまきながら浮かんでいた。 傘をとん、と肩に置いて、辺りを見回してみる。 すると私の周りはへこんでいて、さらには焼け焦げていて、草が黒く燃え尽きていた。
あわててサンダルでちょっと燃えているのを踏みつぶして消火する。あわわ、火・・っ!燃え移りでもしたら洒落に ならない。わたしの周りはゴムの焼ける匂いが漂っている。
な、なんか・・・雷が落ちたのと一緒にわたしも落ちてきてしまったって感じ? 周りの状況を見るにそう考える他、なかった。


そう、確実にここはわたしがいた世界じゃない。自分は何かの建物の門の中にたたずんでいて、その門の外にはおよそ元の 自分の世界とはまったく違った世界が広がっているように見えたから。
着物を着た人、刀を差した人・・・そんなような人たちがたくさん見えた。時代劇でよく見る光景だ。 まさか、こんな、タイムスリップみたいな事とてもじゃないが、信じられない。・・・信じられないがこれは現実らしい。
突っ立っている事しか出来ない私が、しばしの時間そのままだったことはしょうがないことだと思ってほしい。 ただその時間がのちのちの命取りになることになると知っていたら、猛ダッシュでその場を去っただろうけど。

強い日差しに目が眩みそうになりながら、ぽつん、と突っ立っていると門の向こう側が騒がしくなってきた。


「今日も楽勝でしたねー」
「おい、総司。調子に乗んのもいい加減にしとけ」
「土方さんてば怖いなぁ、ちょっとくらい浮かれたっていいじゃないですか・・・ん?」

「今日の飯なんだろーな?あー考えたら腹減って来た!」
「おいおい、お前はそればっかだな・・・他に考える事ねぇのか?」
「平助の飯は俺のもの!さー、今日もがっつり行くぞ!」
「ちょっと新八っつあん!そーやって俺の飯取るの止めてくれよな!・・・ってあれ?」

「しっかし昨日の雷は結構近かったな」
「はい、付近の民にも被害が出ていなければ良いのですが」
「それにしても今日はよく晴れたな。久々の晴天じゃねぇか」
「そうですね、本当に久しぶりです。しかしここ最近の雨は不思議な事にかなり続いてい・・・・」

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


門を騒がしくくぐって来たのは、かなり派手な色の着物を纏った6人の男の人たちだった。
騒がしく色々と喋っていたのが嘘のように静まり、黙りこくる彼らに対して、わたしはと言えば、必死に 頭を回転させていた。
えーっとまさかここが彼らの家で、さらに雷で燃えてて、その真ん中にいるわたしは・・・ まさかの


不 審 者


ってことになるんじゃなかろうか!やばい、それはまずい!どうしよ、一体どうすれば・・・! 傘で顔を隠してみたり、ゆっくりと後ずさってみたりしたが、なんの解決にもならない。
黙る姿勢を崩さない私に、にっこり笑った笑顔の人が口を開いた。しかし油断はしてはならない。 手はちゃっかり刀にいっている。


「ここに勝手に入ってきているってことは・・・斬ってもいいってことだよね?」
「え・・・?は?な・・んで?」
「なんでってここは新選組の屯所だよ?斬られても当たり前じゃない?殺しちゃっていいよね」
「総司。やめとけ。こいつがもしかして民間人だったらどうする」
「土方さん、だってあきらかに不審じゃないですか」
「(もっともだけど・・・)」

「でもこいつは、敵意も感じねぇし、殺気も感じねぇ・・・迷いこんじまったんじゃねぇか?」
「そーだよな、こんな小っさい奴になにか出来るわけねぇじゃん」
「しかも女の子だしなー・・・・」
「おい、怯えてるだろーが。新八は女っていうとすぐ目の色変えやがる」
「んだと?!左之、誤解するような言い方はよせって!」

「副長、どうなさいますか」
「不審っていやぁ、不審だが・・・。おい、お前、なんでここにいる」


長い会話が続いているなぁ、とぼーっとしていたらいつの間にか自分もその中に入れられたようだ。 なんで、って言ってもなぁ・・・苦笑しか出てこなくて、傘の柄をぎゅっと握る。
向こうもこっちを警戒しているのか、遠く離れた距離を保っているので、半ば叫ぶように返答する。


「えーと、雷と一緒に落ちてきました・・・たぶん?」
「・・・はぁ?雷と一緒にだぁ?」
「確かにここらへん焼け焦げてるけど・・・雷がここに落ちたってことかよ」
「そう、だと思います・・・たぶん?」
「はぁ・・・話にならねぇことばっかり言いやがる」
「じゃあ、この子斬っちゃいましょうよ。別にいいですよね。不法侵入罪ってことで」


かちゃ、っと刀を構える彼に、息をのむ。
だってわたしは現代人で、刀なんて歴史民俗資料館とかそういうところにガラスケース越しに見たことはあっても 本物は見たことがなかったから。
今だって刀を向けられていても、それ、本物?なんて馬鹿な発言が出来ちゃうくらいには、現実感はない。 ましてや構えられてる?しかもターゲットはわたし? まじにあり得ない。刀を構える彼を諫めてくれる人はここにはいない。 多分わたしは彼らに見定められているんだろう。有害なのか、無害なのか、ってことを。


「反応なし?なんだ、つまんないな。じゃあ遠慮なく斬らせてもらうよ」


踏み込んで、こちらへ駆けてくる彼を見つめながら、どうやって反応しろっていうんだよ・・・と ため息を吐いた。落雷で死んだかと思ったら、次は斬り殺されるだって?
冗談じゃない、なんで死亡のパターンをそんなに経験しなくちゃいけないんだ。 わたしは無意識に傘を握り、肩の上で滑らせるようにくるくると傘を回した。


その時だった。
空気がびぃいいいんと震えたあの妙な居心地の悪さを感じたのは。


「総司!そいつに寄るな!」
「・・・・!」


さっきわたしに質問した男の人が叫んだ。
もしかして彼もこの妙な感じを身体で感じ取ったのだろうか?それだったらすごい、わたしでもよく分からないこの感じを 肌で感じる事が出来るなんて。この時代の人はやっぱり現代と違って敏感なんだろうか。


こちらへ向かってくる彼の速度が若干落ちた時、それは起こった。
かなりの衝撃で落ちてきた落雷が彼をわたしまであと数歩といったところで踏みとどまらせたのだ。 まるで、彼からわたしを守るように。雷はわたしが最初に受けた雷とは違ってやさしく包んでくれるような感じがした。 驚いた様子で目を見張る彼は、こっちが驚くくらいのスピードで身を引いた。
そして「一くん!」と声を張った。
すると声を掛けられた彼は眼をすっと細めて、目では追えないようなスピードで抜刀して私の目の前にまで迫った。 でも結果は同じで、さっきよりももっと鋭い雷が地面をえぐるように突き刺さった。 ふぅ、と息を吐いて彼は元の位置へ戻っていく。
すると「よっしゃ、ここは俺が行く!」と体格の良い人がこっちへ近づいてきた。 が、もちろん私は斬り殺されたくないので、雷を容赦なくぶっ放す。使えるものは使うべきだ。
向こうはこっちを恐れている様だけど、ぶっちゃければ、わたしのほうが彼らを恐れている。 だって武器向けられたら、誰だって怖い。まだまだ現実感は沸いてこないけれど。
でもわたしが向けた雷のせいで、彼らは警戒心をさらに強くしたようだった。ああ、どんどん逆効果になっていく・・・。


「・・・副長、これでは永遠に雷で近寄れません」
「これはやっかいだな。雷が武器ってわけか?そんなん聞いたことねぇぞ」
「一くんも無理。新八さんでも無理。じゃあ平助、いってみる?」
「おお、オレ?挑んでみたいのは山々だけどさ、相手は女の子だし、どーも刀向ける気になんないんだよな」
「もしかしてただの女の子、じゃないかもしれないよ?だって雷ぶっ放す子なんて見たことないし」
「平助が駄目なら、じゃあ、俺がいっちょ行ってやるか」
「おいおい左之、大丈夫か?のされちまっても知らねぇぞ」
「心配はいらねぇよ、新八」


要は、抜刀しなけりゃいいんじゃねぇのか?と武器をその場においてこっちへ向かってくる。
まぁ、わたしももともと危害を加えるつもりはないので、おとなしくそのままでいる。 この人だったらわたしの話を聞いてくれるのかもしれない。 というか、まずわたしの話を聞こうよ。そこからじゃないの友好になるには。 彼は大きく手を広げて、こちらへゆっくりと近づいてくる。


「ほら、大丈夫だ。俺は何もしない」
「まぁ、そんな感じします」
「だからそんなに雷を落とさないでくれるか。いきなり斬りかかったことはこっちが悪かった」


なんだか犬か何かを懐けているような口調だ。あれだ、ムツゴロウさん的なね。
でも彼が本当に心から言っているように聞こえたのでとりあえずは信用してみる。 まぁ、斬りかかって来たあの3人よりは、安心できそうな気もするし。でもこの雷、わたしの意思とは関係なく 落ちてきている気がするんだけど。・・・まぁ、多少ここに落ちてくれれば助かるな、とか思ったことは思ったけどね。 とりあえず そうですね、と返答すれば、後ろのギャラリーがどよめいた。

「なんで俺は駄目で、左之はいいんだよ!くそ、不公平だぞ!!」
「しょーがないだろ?斬りかかったのは新八っつぁんが悪いんだからさ」


後ろのぎゃいぎゃい騒いでいる方たちは、放っておいて目の前の人はさらに私との距離を縮めながら、口を開く。


「じゃあ質問していいか」
「いいですよ・・・答えられる事なら」
「まず、お前。名前は?」
「名前?・・・です。あなたは?」
か。俺は、原田左之助だ。ここの新選組の組長ってもんをやってる」
「新選組・・・それは後ろの人たちもですよね?みんな、組長さん?」


新選組、歴史に詳しい人なら目を輝かすだろうが、いかんせん、わたしには詳しい知識はまったくもってない。 あー、飛ばされるにしたって運が悪すぎるだろう。そう考えながら、わたしの疑問に 頷く目の前の人から視線を外して、後ろを見てみる。
組長って事はかなり強い人たちなんだろうなぁ。ぎゃいぎゃい騒いでいた後ろの方たち(主に2人)は黙りこくった。 私の視線を感じたんだろう。ううー・・警戒されてんなぁ。
ちょっとうつむいたのが分かったんだろうか。原田さんは、私の表情を窺いながら「あいつらもここまで寄ってきていいか?」 と聞いた。


「構いませんよ。武器を持って向かってこない限りは」


少し笑ってそう答えると、なんでかびっくりした顔をされた後に皆の元へ戻って行った。
今なら動物園のパンダの気持ちが分かる。珍獣扱いっぽいよね。





「あそこまで近づけるなんて、左之・・・お前すげぇな!」
「あいつ、なんだって?オレらのことなんか言ってた?」
「落ちつけよ、2人とも。・・・土方さん、武器を持って向かってこない限りは雷落とさないってよ」
「よくやった、と言いたいところだが、丸腰であんな危険なもん持ってるやつに近づけっていうのは、」
「あれ、土方さん。怖いんですか?いざとなったら避ければいいだけの話じゃないですか」
「総司。あれを避け切るのは難しいと思う」
「なに、一くんはあれを避けれないっていうの?」
「そうじゃない。ただあの雷は俺たちを寄せ付けないようにしていたみたいだ。本当に狙われたらひとたまりもないだろう」
「斎藤の言う通りだ。・・・いいか、くれぐれも注意を怠るな。分かったな」


恐ろしく真面目な顔をしてこっちへ向かってくる6人だが、表情は人それぞれだ。
最初に斬りかかって来た人は変わらぬ笑顔を向けてくるし、2番目の人は表情が読めない。3番目の人はそわそわとしていた。 原田さんは、それを見て何語か言っているようで、それに耳を傾けているのが髪をポニーテールにしている男の子。 そしてその人たちの真ん中にいるのが、目つきの鋭い男の人だ。

その人たちは、わたしとある程度の距離を保ちつつ、わたしの前で立った。
沈黙が痛い。みんながみんな、なんだこいつ・・・といった目で見ているのが嫌というほど分かったから。 どうにかしなければ、と口を開く。元はと言えば、わたしが不法侵入したのが悪かったんだ。まずは彼らとの壁を取り払わなければ、 どうにもならない。


「さっきは、どうも・・・」
「いや、こっちが先に仕掛けたからな。悪かった」
「いいえ、今武器を向けてないってことでそれは信用しているので大丈夫です」


当たり障りのない会話がぽつぽつと続いていく。そこに割り込んできたのはその1番最初に仕掛けた彼だ。


「ねぇ・・・一体何なの?その雷」
「わたしにも・・・分かりません」
「分からない、ってどういうことさ。自分の事なんだから、それくらい分かって当たり前じゃない?」
「総司、」


諫めるような声で追及の手を止めさせるのは原田さんだ。
でも彼の言いたいことも凄く分かる。それでもこの現状を1番分かっていないのは、わたしだ。
わたしがどう答えればいいか、と思案している時に2番目に斬りかかって来た男の人が少し言いづらそうに口を開く。


「お前は・・・アヤカシか何かの部類か」
「アヤカシ・・・?」


アヤカシ、と今まで黙ったままだった彼の口から発せられた言葉を変換するのに多少時間がかかった。
アヤカシ・・・妖か。そうかもしれない、妖かもしれない、自分がここに来た時にすでに雷を落とせるようになっていたし、 ここに来る事になった理由だって落雷が原因だ。 そうかもしれない、と呟くと、周りがどよめいた。


「で、でもわたしがここに来てしまったのは偶然で、どうしてこんなことになったのか分からないんです」
「雷と一緒に落ちてきた、って言ってたな。それも分からねぇのか」
「ここはわたしが元いた場所とここは全然違う!それに雷も勝手に落ちてきてるようなもんですし」
「世界が違う、ということか?お前の元いた世界とは」
「そうですね・・・。・・・帰り方も、帰る場所も分からない・・・」
「落ちつけ。混乱したままでは一向に分からぬ事だらけだ」
「・・・そ、そうですね。・・・ふぅ」


空気が文字通りぴりぴりしていた。わたしの感情の振れ幅で雷が落ちやすくなるのだろうか。 落ちつけ、という言葉でちょっと息をつく。そうだ、こういう時こそ落ち付かなければ。 ほら避難訓練のおかしの法則。押さない、駆けない、喋らないの要領で 大きく2回3回深呼吸。ここの空気はわたしがいたところよりもずっと良い。
澄んだ空気が肺を満たしたところで、ポニーテールの子が口をはさむ。


「でも、お前ふつーに見て、ふつーにしか見えねぇぞ」
「はぁ・・・わたし、普通ですからね。普通の一般市民のはずなんです」
「さっきの雷の威力見ちゃうと普通とは言えないんだけどなー」


そういえば、この子だけは進んでわたしに斬りかかってこなかった。同じような年代の子というだけあって、 ちょっとだけ安心する。普通なつもりのわたしだけど、落雷騒ぎを起こしたせいで、すでに普通じゃないよなぁ、と 小さく呟く。それを落ち込んだのか、と誤解した彼が慌てて、言葉を紡ぐ。


「ええ、と、その!オレはお前のこと信じてもいいんじゃないかって思うぜ!なぁ、新八っつあん!」
「お、俺か?!ああーっと、そうだな、雷がなければ普通の女の子って感じだしなぁ」
「そうだよなぁ、新八っつあんもそう思うよな!」
「・・・こんな身元不審なわたしだけど、いいかな?雷とかたまに落としちゃうけどいいかな」
「あー、うん。いいんじゃねぇの?雷は勘弁だけど」
「「(いや、雷はよくねぇだろ・・・・!!)」」
「そっか。ありがとう、私と言います!よろしくお願いします!」


顔をあげてぎゅっと手を握ると、驚いた表情をしてくれたものの、「オレは藤堂平助。よ、よろしく」と返してくれた。 まぁ、その直後手に走るピリッとした衝撃に慌てて手を放したけれど。 うーん、なんか電気が身体の中で溜まっている様な感覚だ。 それでもいい子だ。すごく。 信じてくれる、と言ってくれた彼は、誰も知る人がいない殺伐とした空気の中ですごく心強い存在として映った。
「あれ、落ちたな・・・」「ああ、平助も春だな・・・」と後ろで取り残された2人が小さな声で呟いているのをわたしは 知らない。


「ええと、そちらの方も、よろしくお願いします。と言います」
「あ?ああ、俺の方こそ悪かったな。永倉新八だ」
「いいえ、私こそ容赦なくぶっ放してすみませんでした」


あれは、結構過激だったぞ・・とどこか遠い目をしてしまう永倉さんに慌てながらも、素直に謝罪をしてくれる人は 潔くて好感が持てる。本当に切羽詰まっていたとしても、雷を向けるべきじゃなかった、とこっちも素直に 反省出来るからだ。
問題は、これからだ。一呼吸置いてから目付きの鋭い彼へと向ける。


「は、はじめまして・・・と言います・・・?」
「なんで名前すら疑問形なんだよ・・・まぁ、いい。俺は土方歳三、この新選組の副長だ」
「ああ、副長さんでしたか・・・この度は誠にお騒がせしまして・・・」
「・・・・」
「・・・なにか?」
「いや、さっきまであんなに雷ぶっ放してただろ?お前。なのに・・・」
「そうですね・・・でもそれは、」


ちら、と見上げればにこにこの笑顔に包まれる。そうこの人が斬るだとか、殺すだとか物騒な事を言ったからだ。
わたしの意味ありげな視線を受取って、彼も口を開く。


「僕のせいだって言いたいんだよね?ちゃん」
「そうですね。あなたのせいって言っても過言じゃないですよね」
「うわー、言うね。でも僕、そういうの嫌いじゃないよ」
「好かれたくないですけど、はじめまして、です」
「あは、あははは!そうきたか、僕は沖田総司です。よろしくね」
「よろ・・・しくお願いします」


嫌そうな顔であいさつをしたのに、沖田さんはちっとも嫌な顔をせずに変わらず笑っていた。 読めない人だ。ある意味副長さんより怖い。傘をぎゅっと握る。
すると、横からすっと入って来た人がいた。


「さっきは不可抗力とはいえ・・・すまなかった」
「いいえ、大丈夫です。まぁ、物騒な世の中ですからね」
「しかし、あの雷は一体・・・?」
「多分、私に敵意を持ってるとか身に危険を感じた時に落ちるんじゃないですかね?ほら、天罰みたいな」
「天罰か・・・なるほど。お前はもしかしたら・・・雷神なのかもしれないな」
「ら、雷神?!いや、多分そんな大層なものじゃないと思いますが・・・一般市民です」
「一般市民、・・・そうか、それなら直のこと悪かった。俺は斎藤一と言う」
「斎藤さん、ですか。よろしくお願いします。です」


一通り自己紹介が終わってから、これからわたしをどうするかという話になった。
聞けば、こんなへんてこな能力を持っている人間は見たことがない。 それに雷の力は絶大で、他の所に渡ってもらったら困る、という事だった。 他の所と言っても、そんなところないんだけれど、というのは言わない事にして、神妙に頷くだけに留めておいた。


「お前は今日から新選組預かりとする。近藤さんには俺から説明しておく」
「は・・・?預かり、ですか。えーっとここに留まっていていいってことですか?」
「良かったな、とは言えないが・・・。ここで出せるのは最低限の衣食住くらいだ、不自由な生活になるだろうが、」
「い、いいんですか?だって雷を落とした女ですよ?そんな簡単に・・・」
「簡単じゃないよ。でも、とにかく僕らはそういう決断を下したって事だよ」
「・・・・ありがとう、ございます」


自然と頭が下がった。
勝手に不法侵入して、勝手に反撃して、庭は雷でへこんでいて大変な事をしでかしたわたしを 受け入れてくれるというのか。この力が目的かもしれない、でも、それでもいいか、という気までしていた。 というか、今のわたしにはその力しかメリットがないだろう。
他の勢力に行かれてものちのち面倒な事になるだけなら、いっそ手元に置いておいた方が、と考えたのかもしれない。 でも、それよりもなんの保障もないわたしを受け入れてくれた、新選組という存在にわたしは深く感謝した。


土方さんが局長である近藤さんという方に報告に行くと歩きだした。
慌てて、わたしも一応挨拶に行った方がいいかと尋ねたが、仕事の内容も一緒に報告するので、付いてくるなと言われた。 黙って土方さんの後ろ姿を見つめて見送る。ああ、どうか受け入れてくれますように・・・!


「大丈夫だ、近藤さんは冷たい人間じゃないからな」
「原田さん・・・、そうだといいんですが」


くしゃっと髪を大きなてのひらでかき交ぜながら、笑いかけてくれる原田さんの気遣いがうれしかった。 と同時にわたしの中にある雷が彼に伝わってしまう事を恐れて、一歩下がる。原田さんは不思議そうにしていたけれど、 あまり深くは聞いてはこなかった。それにしてもここはゆるやかな場所ではないのに、 ついさっき出会ったばかりの人たちなのに、それでもなんだか心を許せてしまう感じがして、変な感じだ、と心の中で思った。


「そうだって、あんま心配すんな、!」


原田さんの言葉に乗っかるように藤堂さんも笑いかけてくれる。わたしの見えない高いところで原田さんはまた笑った。 永倉さんも温かい言葉を掛けてくれる。
あー、なんてやさしい人たちなんだろ。と感激したわたしの涙腺からこぼれ おちそうだった涙は後ろからの衝撃で瞬く間に引っ込んだ。


「あはは、ちゃん。そういうわけだから仲良くしてね」
「おおおお、沖田さーん・・・・」


そうだったこの人がいた。この非常に曲者な感じがするこの人。
絶対わたしの事信じてないだろ。それはさっきの質問の様子からも窺える。 沖田さんは、わたしから雷が発せられそうでも全然気にしたそぶりはない。腕とかピリピリしてるだろうになぁ・・・。 とにかく離れて欲しくて彼を押しやるとそれ以上の力で腕を首に絡ませ、首を絞められた。 うががが、首、しまってます・・・!
別の意味でさっきの涙がこみ上げてきそうになった時、ふっと力を緩められた。どうやら斎藤さんが助けてくれたらしい。


「総司、からかうのは止めてやれ」
「斎藤さん・・・ありが、げほ、ありがとうございます」
「礼には及ばない、総司には気をつけろ。からかわれるのが落ちだからな」
「はい!全力で気をつけます」
「酷いな、2人とも」


それは本当に突然のことだった。
なにが、本当で、なにが、夢なのか。それすら分からない激動の時代に私はどうやら巻き込まれてしまったらしい。









世界の終わりにさようなら
                               (わたし・・・帰れるんだろうか・・・?)




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