新選組のトップである近藤さんに有難くもここにいて良い、というお許しをもらったわたしは、新選組屯所内で 暮らすことになった。
なんだか話が上手く行きすぎている気がするが、そこには目をつぶっておこう。 わたしがここに来てしまったのは雷のせいなのに、雷の力を持っている事によって救われたというのは、微妙な心境だけど。
そんな中、またしても問題が発生してしまった。まぁ、またしてもって言っても、落雷と共に落ちてきた時の事を考えれば、 全然大したことない。 それで何が問題なのかって、これ、これだよ・・・! こっちに来る前に雨でべたべたになってしまったわたしを見て、土方さんから手渡されたもの。 なすすべなく立ちつくすわたしの前には、綺麗に折りたたまれた服があった。


「これ・・・き、着れるかな・・・」


服は服でも今わたしが着ているような服ではない、着物っていうかなんていうか、とにかくとてもややこしい和服だ。 袴なんて剣道部か弓道部ぐらいしか普通の人間は着ないだろ・・・!だって縁がまったくもってない。
とりあえず持ちあげてみて、これはこうかなーと適当に穿いてみる。んで適当に蝶々結びなんてしてみる。 新選組って確か男の人ばっかりの集団だったから、こういう事で助けてくれる人なんていないしなぁ・・と途方に くれるしかなかった。はい、ため息ひとつ、いただきまーす。


ため息をついていてもしょうがない、前向きにいくことが今は大切だ。
紐は結んどきゃ大丈夫でしょ、とばかりにきゅっと袴に付いている紐を結んで、一息ついた。 今のところわたしは自室待機という訳だけど、それは意味的には謹慎を示す。したがってやることがない。
あまりにやることがないので、外の空気でも吸おうかと立ちあがる。 まぁ、これくらいなら、許されるだろうと軽い気持ちで障子をそっと開けて、廊下に出る。

心地よい風が吹いて髪を揺らしていく、自然と中庭の方へわたしは目を向けた。
中庭には物干し竿にひっかけられたわたしの服と、傘が干されていた。 きっと誰かがやってくれたんだろう。 さっそく手間を掛けさせていることに気付き申し訳ないと思いながら、そこで、はた、と気がついたことがあった。


「・・・・・な、なにこれ!?」


なんか・・・すごい積み上げられている・・・・。
何の気なしに今出てきた部屋の前を振り返った時にわたしの目は見逃せない様なものを視界の隅に捉えた。 目線を下に落とせば、いつの間にか部屋の前に果物やらなんやら食べ物が置かれてる事に気が付いたのである。
こ、これは誤解されても仕方がない感じだな・・・。こんなに積まれていたら只者じゃないってことすぐに バレてしまうよ!わたしだってこれはちょっとやりすぎじゃないかな、と思うよ!
そういえば、なんだか部屋の前でごそごそと物音がしてたもんなぁ。障子を開けて見たら、きっとここに食べ物をどんどんと 積んでいく様が見れただろう。
そこで困惑の色を浮かべながら、どうしたものかと立っていると、廊下の角を曲がってきた見知らぬ隊士さんに お饅頭みたいなのを唐突に手渡されて、すごく反応に困った。まさに今想像した事が現実に。 しかもその時の言葉ときたら・・・はぁ。


「こ、これ・・・お供え物です!」
「(ええええ、ええええぇぇ?!ちょ、これどうすれば・・・!)・・あの!」


ちょっとストーップと声を掛けたかったけれど、その隊士さんは駆け足でわたしの目の前から去っていってしまった。 もしかしてこの部屋の前に置かれているもの全部・・・お供え物って事?
い、言われなくてもそんな無駄に雷落としたりしないよ!どんだけ乱暴者だと思われているんだ、わたしは!
恐れられてのこのお供え物の量なら、わたしもう、泣くしかないんだけど・・・。
良かったと唯一思える事は、手渡すのが早すぎてわたしの中の電気が彼へと伝わらなかった事だ。

とりあえずお饅頭をその積み上げられた供え物の横に置いて、わたしは縁側に腰を下ろした。足をぶらぶらとさせてみる。 涼やかな風が気持ち良く、この混乱した気持ちをおさめてくれるような、そんな気がした。
ざぁああっと風の音が耳に響く。それと同時に誰かがこちらへやってくるような足音も一緒に。


「あれ、?どーしたんだよ」
「藤堂さん・・・?」


投げかけられた声に振り返れば、あの派手な色の着物姿ではない藤堂さんが現れた。
暇そうなわたしに声を掛けてくるのは幹部クラスの方たちしかいない。だって・・・他はお供えとかそういうの ばっかりだし。この調子じゃ食べ物をもらう事に抵抗がなくなりそうだ。・・・って駄目駄目、そりゃマズイって。 それにしてもこの量だ、いかに甘いものが好きであっても1人で消化するのは少しつらい。 そうだ、と思いついて顔をあげると藤堂さんが「わ!いきなりびっくりさせんなよ!」と言った。
またしても落ち込んだのか、と誤解して心配してくれていたらしい。
この人は本当に優しいなぁ、と感じた。わたしはもしかしたら人ではないかもしれないというのに、それでも 色々と気を使ってくれる。それともこの優しさは雷神の力を恐れられてのもの? ・・・それは彼にしか分からない。わたしには分からないことだ。
そんな事を考えてしまったわたしは、首を振って気持ちを切り替える。親切な事に藤堂さんはそんなわたしをじっと 見守っていてくれた。外見に合わず、結構気は長いほうなのかもしれない。・・・あ、失礼か。


「藤堂さん、あの、お饅頭とか好きですか?」
「・・・は?ああ、まぁ好きだけど」
「じゃあ、ご一緒してくれたりします?」


背後にそびえ立つ(というレベルでもないが、結構なボリュームはある)饅頭やらその他の食べ物、生物はない事に ほっとしつつも、藤堂さんもその量をみて「げ、」と言葉をもらした。ええ、ええ。わたしもまさにそんな気分ですよ。

「あー、オレ、甘いもんとか結構好きだから。・・・えっと、」

なんとか言葉にしてフォローはしてくれるが、目は泳いでいる。
げんなりしているわたしの表情で、藤堂さんはこの現状をマズイ、と思ったらしかった。
隊士たちにはオレから言っておく!だから心配すんな。と非常に頼もしいお言葉をくださったのだ。 その時の彼はなによりも輝いて見えた。ああ、持つべきものはやはり信頼できる人・・・!さすが組長!
ああ、やっとこの食べ物の影から離れられる、と思い少し心が軽くなった。嫌われるよりは崇拝される方が何倍もマシだけど、 でもこれはやりすぎだ。第一わたしは崇拝されるような人間ではないのだから。 未来から来てしまった分、なかなかこの生活にすぐに溶け込む事は出来ないだろうが、それでも少しでも距離を縮めたい。 出来れば、同じ目線で。


「ありがとうございます。では、これどうぞ。ってもわたしのじゃないんですけど」
「ん、ありがとな。ってこれあそこの饅頭じゃん!これなかなか買えないやつだぞ〜」
「そんなにすごい饅頭だったんですか?!あ、あとでお礼言わないと・・・!」


とは、思ったがあまりに早いスピード過ぎて、彼の顔を覚えていない。というかこれらのお供えものをくれた隊士の 方たちの顔も知らない。
ここは住んでいる隊士の人が多くてわたしには全ての人を覚えられる自信がないが、 多分ここで暮らしていく内に会えるかもしれないと、軽く考えつつその彼にもらったレア物だという饅頭をかじる。 上品な甘さが口の中に広がって、ふわっと幸せな気持ちになる。あ、なんか神様とか誤解されて、良かったとか ちょっと思ってしまった。・・・なんて単純な人間なんだ。
ふ、と隣を見ると同じように腰かけた藤堂さんがこっちを見ていた。えーと、非常に気まずい。 なんなんだ、その何か言いたげな表情は!でもそんな事、つっこめない。つっこみたいが、ほとんど顔を合わせたのが ついこないだの人間に対してそんな事は出来ない!
そんなわたしの心情を知ってか知らずか、藤堂さんはなおもこっちを見てくる。わたしのこの微妙なつくり笑顔が ひきつってきた。そんなこんなで藤堂さんはひとしきりわたしを見た後、言いにくそうに口を開いた。


、ってさ」
「・・・・はい、なんでしょう」
「なんかすげー雷の力とか持ってるし、だから強いし、多分心配ないと思うんだけどさ、」
「・・・?はい、」
「なにかあったら、オレの事頼っていいから」
「・・・へ?え、えと。ありがとうございます」
「それと!オレの事”藤堂さん”って呼ぶの止める事!」
「えええ、藤堂さんは藤堂さんですから、急にはちょっと無理ですよ」
「いいから!オレは他人行儀なのは嫌いなの!それに雷神のくせに腰が低いとか可笑しいだろ」
「・・・・はぁ、まぁ、頑張りますけど、」


妙な約束事をさせられてしまったが、日本人気質なわたしはそんなに早く名前で呼んでしまっていいのかどうか、 考えあぐねていた。本人が言うんだから、いいんだとは思うんだけど、どうにもなぁ。って藤堂さんも わたしと同じ日本人だな、うん。違うのは、ただ時代だけ。 でも歩み寄ってきてくれている彼の行為を無下には出来ない。
この新撰組という組織の中で何故こんなに親しげに振舞ってくれるのか、という所に疑問は感じるけれど嫌な気持ちには ならない。逆に嬉しいくらいだ。だが、何回も言いたい事がある。・・・わたしは雷神ではない、決して。 そこんところ分かってくれているのか不安だが、まぁ、とにかく満足気な彼が隣で饅頭を食べているので、 とりあえずはいいか、とわたしも自分の饅頭を食べる事に専念した。








限りなく世界は優しい




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