あれから、また数日が経った。
お供え物の数は減ったし、誰かがお供え物を持ってくるということもなくなった。 藤堂さんが隊士の人たちに言ってくれたんだろうとは思う。ただ、最初にもらったお供え物が多すぎて、まだ片付いて いないのが問題だ。
わたしと面と向かってお話をする人は未だに幹部の人くらいだった。 もっとも皆さん忙しい身なので、ほんの二言三言喋るくらいのものだったけど。


わたしもここ数日を日向ぼっこやら、自分が来た時にあけた穴を埋めるやらで過ごしたのでほとんど1人だった。 (それにしてもあの穴を埋めるのは凄く大変だった。埋めた今でも少しくぼみが見えるくらいだ)
和服はなんとなーく上手く誤魔化して着れるようになり、自分がこの世界に来た時に来ていた服は部屋の隅にたたんで置いてあるままだ。 傘はボロボロになっていたが(あー多分落雷の被害で)まだ使えるからと言って立てかけてある。
まぁ、所詮500円程度の傘なので落雷に遭わなくてもすぐに駄目になっていたとは思うけど、 とにかく自分が元の世界の住民である事を忘れたくないと、思ったから。


庭を眺める事くらいしか出来ないわたしは、最初積極的になにかを手伝おうだとかそういう気は起きなかった。 ちょっとは手伝いでもしろよ、コラァ!とか言われるかと思ったけれど、それすらも言われなかった。
むしろ手伝おうとしたら「勘弁してください、本当に!」と泣きそうな目で見つめられるもんだから、 洗濯もご飯作りも出来ず仕舞のままだ。やはり雷神だと思われているからだろうか。そうと分かっていても、ちょっと寂しい。

勝手が違うので出来ない事も多いだろうが、それでもここ数日はそんな怠惰な生活にも飽きてきた。 何かをやっていないとこの世界に埋もれてしまいそうで、庭の草むしりをやっている。 それも隊士の人に見つかるとまたうるさい事言われるので、数十分の話だけど。やれ、 雷様の爪に泥がだとか、虫さされがだとか、結構うるさい。
藤堂さんが口止めや、お供えを止めさせてくれたからといって、態度までが変わるわけではない。 大切にしてくれるのはすごく良く伝わってくるのだが、一番大事な事を忘れている。 ・・・わたしは雷神じゃない。ちょっぴり雷を落としたり出来る、普通の、あくまで普通の、一般人だ。
そ、それはまぁあの穴を見ちゃっている人からすると、無理な話なのかもしれないけど!


日差しが強い事に少々辟易しながらも、ボロボロの傘を差して庭に降りた。
門から外をじっと見つめていると、きゃはは、と明るい子供の笑い声がして、ほっとした気持ちになった。 この世界でもやっぱり子供は子供だなぁ、と思いながら、何の気なしに門の外へ出ようとした、瞬間、だった。


「どこへ行く」


周りは日差しが暖かく包んでいたのにもかかわらず、その人の声は冷たく尖っていた。
後ろを振り返ると、抜刀はしていないものの、刀に手を置いた斎藤さんがいつのまにやらそこにいた。 ふぅ・・・、許可がない限り門から出てはいけない、これがわたしに課せられた条件だったのを、忘れていた。 実際は忘れてはいなかったが、無意識で足を運んでしまったという方が正しい。
とは言っても、わたしにはこの雷の能力がある為、刀などを向けられても怖くはないのだ。 ・・・と思えるようになったのはここ2、3日の事だ。
出ようとしたのは確かだし、わたしが全面的に悪いので、素直に振りむいて謝る。


「ごめんなさい、出る気はなかったんです」
「・・・そうか。ならば問題はないが」


じ、と見つめられて、少し息苦しい。
信頼はされてはいないだろう。こんな突然ひょっこり出てきたような女を。 雷神だ、と言ったのは確か彼だった気がするが、神と言いながら、敬う気持ちは持ってはいないだろう。 まぁ敬う気持ちを持たれても逆に困るだけだけど。
でも疑う気持ちを持たれるのは良い気持ちにはならない。 最初に会った時の彼の謝罪は確かに誠意溢れるものであったけど、それは彼が刀を向けた事に対してのみであり、 わたしを信頼しての言葉ではないのだから。
そんなことを思い、少し悲しくなりながらもこの現状を打破する為に斎藤さんへ話しかける。


「今日は良いお天気ですね。洗濯物も乾くし、良い事づくめですね(わたしは何も手伝ってないけど)」
「ああ、確かに最近天気が崩れる事が無くなった。あんたが来る前は雷雨で隊務がこなせない時もあったが」
「え、そうなんですか?ここは天気が変わりやすいのですかねー」
「いや、本来ここは気候が穏やかな土地だと聞いている」
「・・・じゃあ、なんでなんでしょうね。・・・わたしが来たからかな」
「かもしれないな」


斎藤さんは決して慰めのような言葉は言わない。
それが逆に心地よい気がして、わたしは彼の纏う空気、というか雰囲気が好きだった。 信頼されていない事は百も承知だったけれど、それでも、だ。 あまり動かない表情も、無口な様も、この時代を生きる人としてはすごく良く見えた。 ああ、もちろん、良く喋り、良く動く表情をお持ちの藤堂さんや永倉さんももちろん好きだけど。
斎藤さんは、あれだろうか「黙って俺について来い」タイプだろうか。男は背中で語る、というタイプかもしれない。 馬鹿な事をつらつら考えていたのが、表情にも出ていたのだろうか、斎藤さんが不審な顔をしていた。

「・・・・・?」
「・・・・・(やば、ついつい考え込んでしまった!)」

いかんいかん、ついつい1人でいる事が多すぎて、誰かと一緒にいる時まで自分の世界に引きこもってしまった。 これ以上、斎藤さんに不審者のレッテルを張られたくはない。 わたしは慌てて、笑顔を作り話しかける。とは言っても話す事と言えば、天気の話題くらいしかないんだけどね。 あ、でも天気の話題はさっきしたばかりか・・・何を話そう・・・。そう思って斎藤さんの無表情な顔を見つめる。


「・・・何か俺の顔についているか?」
「いいえ、何も」
「では何故、」
「・・・いけませんか?わたしは暇な身ですし、やることもないので人と接するのは久しぶりで、嬉しいんです」
「いや、別に悪いとは言っていない。ただ気になっただけだ」


いちいち生真面目に言葉を返してくる斎藤さんが、なんだかおかしくて少しわたしは笑ってしまった。
またまた訝しげにわたしの顔を見る斎藤さんに、ごめんなさい、と謝ってくるりと向きを変える。門のギリギリの所まで、 足を運ぶ。ギリギリだから外には出ていない。 そしてまた振り返って斎藤さんを見る。わたしは口を開いた。


「斎藤さん、わたしがこの門から出られる日はいつ来るんでしょうか」
「・・・・」


返事は返っては来なかった。当然だろう。わたしがこの門から出る時、それはすなわち、わたしの力が必要になった時だけだ。
本当の意味でわたしがこの門をくぐる日はきっと来ないのだろう。 わたしがここで、新選組で、過ごすと決めたあの時から。そんな事を言っても、例えこの門の外に出たとして、それで わたしに何ができるのだろう。否、何をするつもりなのだろう。外に出ても結局のところ何もやることがないのは 一緒なのだ。
外に出られないままのわたしを皆が少し気にしている事は知っていた。 「ここから出て行きたいか?」といった旨の言葉を幹部の方からは何回も聞いた。 閉じ込めた、という罪悪感があるのだろうか、誰もが恐れる人斬り集団だというのにここの人達はとても優しい。 でも、わたしの答えは決まって同じだ。


「いえ、斎藤さん、真面目に答えなくてもいいです。聞いてみただけですから」
「あんたが外に出られるかどうか、副長に伺い立ててみる。・・・だからもう少し待っていてくれるか」
「・・・・はい。斎藤さん、ありがとうございます。でも、わたし、本当は外に出る事が、」


わたしの疑問に真剣に答えようとしてくれた斎藤さんの視線はゆっくりとわたしへ向けられた。
ああ、なんだか頭がくらくらする。傘、差しているのに。日差しが強烈なせいか、思った以上に体力を消耗しているみたいだ。 空を仰いでみれば、先ほどと同じ太陽がぎらぎらとしている。 それにここに来てから、わたしの身体は日差しに弱くなった気がする。それは怠惰な生活を続けていたから、 というのが理由っていうより、 わたしの持つ雷の力のせいだと思うけど。現に、わたしは晴れの日にはちょっとだるい。
そんな事を考えて、斎藤さんへと顔を戻すとふいに彼の表情が変わった。・・・なに?


・・・顔色が悪い、部屋に戻った方が良い」


大丈夫、平気です、と答えようとしてゆらり、と景色がゆがんだ。
最後に目に映るのは近づいてくる斎藤さんで。あんな表情初めて見たかもしれない。
でもそれを口にするより早く、 ああ、ちょっと駄目かも、なんて思ったのが最後だった。





「お、気がついたか?」
「え、・・・は?ここ、は」
「おー、お前庭で倒れたんだってな。あんまり無理すんじゃねぇよ」
「は、はい・・すみません」


覗きこんだ様にわたしを見下ろして大丈夫かー、と言葉を軽く投げかけるのは原田さんだ。 自分は布団に入っていて、おでこにはひやり、とした感触があった。
え、と。あれ?わたしさっきまで庭にいてそれから・・・斎藤さんに顔色が悪いって言われて・・・どーしたんだっけ? ここは、わたしの部屋だ。ほとんどずっと部屋にいたので、間違えるはずもない。
恐る恐る、と言った感じでわたしは原田さんに聞いてみる。恐る恐るとは言ったものの、あまり原田さんに恐怖心は 抱かない。どっかの誰かさんと違い凶器を突き付ける事もなく、原田さんはいつだってわたしの前では平和な人だから。


「あの・・・斎藤さん、は?」
「斎藤なら、今巡察中だ。お前の事心配してたぜ」
「・・・ん、んん?斎藤さんがわたしの心配を、ですか?」
「ああ、隊務で抜けるが、頼むって言ってたぞ」
「そうですか。原田さんは、なんでここに?」
「俺は今日たまたま非番で手が空いててな。だから斎藤に呼ばれたんだ」


なるほど、と小さく頷くと原田さんは安心させるように笑みを見せた。
どうもわたしは原田さんと接している時、すごく自分が子供になったような気分になる。 それは彼の持っている空気のせいなのかもしれない。

それにしても、倒れた後ここまで運んできてくれたのはどうやら斎藤さんらしい。 あの時わたしの傍にいたのは彼だけだったし、当たり前と言えば、当たり前だけど。
それで自分は巡察な為、非番であった原田さんに頼んだんだろう。なるほど、状況は理解した。 それにしても斎藤さんがわたしの心配をするとは。そりゃ、感情が無いわけではないけれど、彼はどうも副長である土方さん を中心に考えているところが多々見受けられる。わたしの監視は言いつけられていたからだが、心配までしてくれるとは 思ってもみなかった。でもそれが本当の事なのか知る事は出来ないけど。ただ、疑う事は止めて信じる事にした。 彼の目はいつでも誠実で、まっすぐなものだったから。


「原田さん、ごめんなさい、迷惑かけて。斎藤さんにもお礼を言っておいてください」
・・・?別に俺は、俺たちは迷惑だなんて思ってねぇぞ」
「・・・・」
「逆にお前を閉じ込めるような形になっちまって、悪いと思ってるくらいだ」
「でも、わたしが生きていられるのは新選組の方たちのおかげですし、だから」
、」
「役立たずな神様ですね、わたしは」


一番認めたくなかった”神様”という言葉を使ったわたしに、原田さんは少なからず驚いた様だった。
そりゃ、わたしはずっと一般人ということを言ってきたし、普通だと言い続けてきた。 彼らもそれは違うと思いつつも、一応は”普通”という事にしておいてくれたのだ。 それをわざわざ言いだす事に意味が分からない、といった困惑の色が浮かんでいた。
わたしはそれを知りながら、わざと知らないふりをして明るく声を紡ぐ。


「でも大丈夫です。この力がいる時は、恩は必ず返すつもりですし」
、聞け。聞いてくれ!」


力強く腕を握られて、遮られたわたしは原田さんを茫然と見つめるしか出来なかった。
原田さんは、といえば。髪を軽くかきあげてわたしへと目を移した。


「いいか、俺達はお前のその力をあてにしてる、って訳じゃない。その為に屯所に閉じ込めてる訳じゃない」
「・・・・そうですか。この力が恐ろしいからではなく?」
「最初は確かにそうだった。・・・お前のその雷の力が恐ろしいとまで考えた」
「それは、もっともな事です。わたしだってそう思います」
「・・・だが、今は違う。 がそこにいてくれるだけで良いんだ。力とは関係なくな」
「えっと・・・?それは、」
「だから、恩だとか役立たずとかそんな悲しい事、言うんじゃねぇよ」


そう言った原田さんの瞳が何よりも悲しい色に染まっている気がして、その双眸に映る自分の姿を見て、息がこぼれた。 情けない、わたしはなんて酷い顔をしているのか。仮にも神だと、こんなわたしを神と言ってくれる人がいるのならば、 この世界で出来るだけの事はしたい、とそう強く思ったのだ。
わたしにはこんなに思ってくれている人たちがいるのだ、 それに気がついたなら意地を張っている場合じゃない。

この世界はすでに、わたしの世界でもあるのだから。






その痛みは君のものとなる




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