相変わらず屯所の中はにぎやかな声で活気付いている。
しかしながら、とそう暗く呟いてしまうのは、なにを隠そうこのわたしの持つ神様体質のせいである。 普段からお気楽ぶっているわたしでもやはりここ一番天気が良い日はどうにも体調が悪くなってしまう。
わたしの機嫌が悪そうなのが、傍から見ても分かってしまうのか、今日みたいな日には滅多に自室に人が寄りつく事はない。
まあ・・基本一人ぼっちなんだけどね。あ、なんか悲しくなってきた。負けちゃダメ、


自室で1人気合を入れるとかどんな寂しい奴だと、とか思われるに違いないなー、と独り言をつぶやいた。
それも神様だから仕方がない、で流されてしまうんだけど。現に、この世界に来てわたしがここの世界と、 元の平和な世界での違いを元にやらかした失敗は全て「まぁ、雷様だからねぇ・・・」というなんとも有難い お言葉によってなんとかなっている。
ありがとう、神様・・・と祈りそうになって思った。神様はわたしだってば。
どうにもまだ自覚が甘いので、ついついただのニート気分になってしまうのだ。
普通神様って尊敬の念だとか、崇める感じなんだとは思うのだけど、多分ここの人にとってはただのお荷物である。 ご飯作ってくれるおばちゃんとか、絶対食事の時間だけに現れるニート的存在の女に 「若いのになにやってんだかねぇ・・・」とか思ってるに違いないのである。

とにもかくにも雷神というステータスを図らずも手に入れてしまった わたしが気を付けているのは、人に触らない事、生き物に近づかない事、の重要問題2項である。
これを破るともれなくわたしが殺人者になります。どんまい、では済まない。死ぬかもしれないのにそんな軽く 寄れない。ただこれはわたしの気持ちにも比例してるようで、なかなか調節が難しいのだ。
まぁ、そんなわたしのその掟を軽々しく破る奴もいますけどね、中には。かなり希少な存在ではありますけどね。 いつビリビリっとなって死んでしまうかとこっちはひやひやものなのに、だ。 彼はそういうところをまったく感じさせない、不思議な人である。
まぁそんなこんなで、機嫌が悪い時は、かなりの危険度を誇るわたしの雷だ。髪の先から、指先までばちばちと火花が飛んで いるわたしは屯所の名物みたいな存在である。近づかなければ綺麗だし。見かけられるたび 「あー雷様がいるぞー!」「ちゃんと稽古しねぇと、あれにやられるって噂だぜ」とか言われるのにも慣れた。
わたしとしてはわたしを養ってくれている恩人にそんな事出来るはずもないのだが、未知数な力を目にした時の人間とは そういうものらしい。


はは、と乾いた笑いを零しながら畳を見つめていると、ふいにばたっ、という音がして障子が開けられた。
薄暗かった部屋が、一気に光溢れる空間へと変わった。これは良くリフォームとかの番組で言われるような 文句だけれど、今のわたしにとっては迷惑以外のなにものでもない。
顔を顰めて、開けてきた奴を見る。眉間にしわが寄り過ぎていたらしい。相手が後ずさる様子が手に取るように分かる。
慌ててわたしは、笑顔の仮面を奥から引っ張り出して顔に付ける。これでなんとか笑っているように見えるはずだ。 あー、それにしてもほんとだるいな。めんどくさいな。一体全体誰だよ、と不満が顔中に出ていたのだろう。 相手が慌てて口を開いたので、部屋の中に声が広がる。


「怖い顔すんなよー!眉間にしわ寄せてっと土方さんみたいになっちまうぞ、
「・・・なんだ、藤堂さんか」
「なんだってなんだよ!折角遊びに来てやったってのによー」
「あ・・・つい、心の声が、」


明るい光と共に明るい声と相変わらずの調子で部屋に入って来たのは藤堂さんだった。
それにしてもここの人たちは部屋に入る前に断りを入れる、ってことを知らないのだろうか。その頭の中開いてみてやりたい。
そして絶対わたしの事女と思ってないだろーな。もし着替えとかしてたらどういうつもりなんだろ。 ずーっと似たような和服を着まわして、いつも朝にはきちんと着替えているからといって、 だからって絶対昼間に着替えをしない、って訳じゃないんだけど。
と言いながらまぁ・・・いいか着替えくらいと思う所を考えれば、わたしもこの場所に慣れて免疫が付いてきたみたいだ。 毎日障子を開ければ、半裸の男たちがたむろっている様はもう今や日常と化している。
現代人らしく淡白な所がわたしのいいところだとも思うし。いちいちぎゃーぎゃー言う時期は過ぎてしまったし。 そんな感じで自分の中で自己解決をして、部屋の中に藤堂さんを通し、彼の言葉に耳を傾ける事にした。


「そーいや、お前。総司と外に行ったんだって?なんでオレも誘ってくんなかったんだよ」
「いやぁ、あれは強制的に外に連れ出されただけで・・・わたしはあまり外には出たくなかったんですけどね」
「まぁ、総司だから仕方がねぇか。でも、お前外に出るって許可もう降ろされないかもしんねぇぞ?」
「分かりますよ、わたしって危険人物ですからね。外に出たら皆さんに迷惑ですし」
「・・・あー、いや。そうじゃなくってさ・・・なぁ、」
「なぁ、と言われても・・・えっと?」


そういうと藤堂さんは困った顔をした。いやぁ、本当に藤堂さんはくるくるとよく表情が動く。
しばしの間、藤堂さんは困り顔を続けていたけれど、意を決したのか口を開く。息を吸って勢いよく彼が吐きだす言葉に わたしは目を丸くするしかなかった。


「はぁ・・・わたしが?えーっとそれは、あの、すいません」
「いやいや、も悪気があってって訳じゃないしさ。オレたちで対応してっから大丈夫だとは思うんだけど」


言われても実感がまったく沸かないけれど、どうやら、前に沖田さんと外に歩いた時に「あの沖田隊長の横にくっついている 女は誰なんだ!」的な事で噂になっているらしい。た、確かに新選組は男所帯だし、そう思うのも無理はないだろう。
問題はその噂のせいで、隊務中にも今まで避けられていた隊士たちが、今度は好奇の目で見られるようになってしまった事らしい。 あの電撃ビリビリのせいで、一部の人からは「なんて神秘的な・・・!」とまで言われているらしい。 なんということでしょう。物は言い様である。屯所内でそのような事をいう人間はもう限りなくいないけれど、 まだまだ外の人達とは関わりがない。だからそう思われてしまうのも、無理はないのだけれど。
しかし気になるのは、そういう藤堂さんの様子が少しおかしい事だ。彼は比較的避けられている感じのわたしにも 友好的に接してくれるような人柄なので、態度や思っている事がすぐに行動や表情に出る。バレバレである。


「あ、あのさー、ところでちょっと聞いていいか。その、・・・って総司と、あの、こ、ここ」
「こ・・・ここ?ここって何ですか。ニワトリの鳴き声?藤堂さんてば愉快ですねー」
「ち、違う!そうじゃなくて、えっとー、あー・・・そのっ!」


頭に手をやり唸る藤堂さんである。
わたしはと言えば、ああ、折角綺麗な髪が・・・!そんなにぐしゃーってやったら大変な事に!
・・・とまで来てちょっと考える。あ、駄目だ。わたしが触ったら、その瞬間藤堂さんが焦げてしまう。
1回この微妙に出た手を戻す訳にも行かなくてひっこみがつかなくなって、おろおろしていると それを見た藤堂さんがぶっ、と噴き出す。 わたしの行動の可笑しさで、彼は落ち着きを取り戻したようだ。
なんかよくわかんないけど、まぁ、良かった良かった。そっと笑うと藤堂さんは固まった。 ひらひらーと手を目の前で振ってみるがまるで反応がない。おいおい、またさっきとは違った展開になってしまった。
彼の手前で手をついて顔色を伺うと、良いとは言えない感じだ。


「おーい、あの、藤堂さん?大丈夫です?」
「・・・・、・・・・っ!だ、大丈夫、全然平気!」
「本当に?体調が悪いなら部屋に、」
「・・・・ちゃん?なにやってるの」


やっぱり部屋に行って休んだ方がいいですよ、とそのまま動かない 藤堂さんに言おうとした時、またしても障子がなんの了承もなく開いた。
まったくもう今日2回目だよ。誰だよ、と思い顔を藤堂さんから外して、 障子が開かれた方を見ると、沖田さんがいた。逆光で顔が暗くなっていてよくは分からないけれどなんか・・・怖い。 いや別にこの部屋に来るのは結構な頻度なので別にどってことないのだが、問題はその背負っているオーラである。
なんか、笑顔だけど怖い。なに?わたし、なにかしたのか?知らない間に彼の怒りに触れるような真似を?!
ひぃいぃぃいい、ごめんなさい!機嫌の悪い沖田さんを見ると条件反射で謝ってしまいたくなるわたしである。
情けない。神様らしく、しゃんとしていたいと思うのに。つーか沖田さんに怯える神様ってどうなんだ。

つかつかと寄ってくる沖田さんを凝視して動かないわたしと藤堂さん。
わたしはいつものこととして、藤堂さんまで動かず、さらに冷や汗かいている気がするのは気のせいか? 何か悪い事をしたのだろうか、とか思っていると彼はわたしと藤堂さんの首根っこを掴み、引き離した。 ・・・・相変わらずな人である。これ、前もやられたよ。そして凄い睨まれてるんですけど・・・なんで、どうして。 そう考えて、ふと思い当る点が1つ。そう、沖田さんはきっと藤堂さんにわたしの雷が伝わるかも、と思ったんだ。 そんな危険なわたしと藤堂さんを引き離すのは幹部として当然の事であろう。うん。なるほど。
やはり気をつけないと駄目だな。まだまだ覚悟が足りない。
うんうん、と頷いていると上から呆れた声が降って来た。


「君はまた阿呆な事考えてるでしょ。これだから・・・はぁーあ。困るよね」
「困られる覚えはないですよ!失礼ですねー」
「そういうところが困るんだよ。平助くんだってそう思ってるよ。ねぇ?」
「は、はぁ?!べ、別にオレはそ、そんな事・・・!」


藤堂さんはそんな事言わないよね!と思いそっちに視線を戻すと、藤堂さんはなんともいえない苦笑いを浮かべていた。 妙に焦っている態度で理解した。 あー、そういうこと。藤堂さんもそう思っていたってことか。
悔しい思いでいっぱいである。別に勝負はしていないけれど負けた気分である。このなんともいえないもやもや感。 下を向いて、くっ、と噛み締めていると「ああ、そうそう」と軽い調子で沖田さんが話しかけてくる。


「これ、ちゃんにって。一応中は検めさせてもらったけど」
「う、うわぁああ、な、なんです?これ!」
「巡察中にちゃんにって渡されたお供え物だよ。すごい数で大変だったんだから」
「あ!総司もか?オレも新選組ってだけで猛烈に押しつけられたぜ・・・はい、これ」
「うわ!これもですか?!・・・・すご、」
ちゃんってば、これ立派な詐欺だよね。実際はこんなんなのにね」
「こ、こんなんってなんですか!これでも頑張ってるつもりなんですけど(実際何もしてないんだけどね)」
「頑張って努力していたとしても、結果が出なければ同じ事だよ」
「総司!そんなにこいつの事悪く言うことないだろ?!」


どさどさーっと頭上から落とされたのは、綺麗な簪やら、鏡やら、きらびやかな装飾品。 そうかと思い、しげしげと見つめていると、上からさらにお菓子類などが頭に当たって床に落ちた。 お供え物、と言っている割に沖田さんの物の扱い方がぞんざいだ。 面倒くさいとか考えているんだろうなぁ。藤堂さんから渡されたのは、例によって食べ物ばかりだった。 屯所内が終わったかと思えば、今度は市中からか・・・。神様って問答無用で崇められるもんなのか?


「沖田さん、藤堂さん、わざわざ届けてくださってありがとうございます」
ちゃん、それ大切に取っておくつもり?」
「好意で頂いたものは一応。えっと、駄目ですか?」
「ふぅん、面倒くさい考えするんだね、別にそれでもいいけどさ」
「それにしてもこの数すげーよなぁ。ちょっと尊敬もんだぜ」
「わたし自身は何もしてないので、ちょっと悪いかなとも思いますけどねー」


まぁ、くれるならもらっておこう、という軽い気持ちでばらばらに散っているお供え物たちを拾い集め手元に置く。
一息ついて2人を見るとなにやら沖田さんが藤堂さんに耳打ちしていた。 藤堂さんは赤くなったり、青くなったりで相変わらず忙しい表情の巡り様だったけれど、耳打ちされている内容はきっと 良くない事に違いない。「やっぱって、総司と・・!」とかなんとか聞こえてる。聞こえてるぞー。
沖田さんがひらひらと手を振る。すなわちこれは「さっさと文句言わずに出てけ」という意である。 名残惜しそうな様子でこちらをじっと見るけれど、結局立ち去っていく藤堂さんは沖田さんには勝てなかった模様。 「また来るからな」と一声掛けて廊下へと出ていく。ああ、藤堂さん、新選組の3番目の良心。ちなみに1番は 斎藤さんで2番目は原田さんであると言う事は言うまでもない。

そんな感じで体よく藤堂さんをわたしの自室から追い出してから、沖田さんは「さて、」と切り出した。 先ほどまでの何か企んでいるような笑顔は消えてなくなり、ほんの少し真剣な表情が顔を覗かせている。 この機会だから言っておくけれど、わたしはそういった沖田さんの表情の類には少し弱い。 例えば稽古中の沖田さんだったり、不逞浪士などに対応する時の沖田さんだったり、仕事に関係している時の沖田さんは 驚くほど真剣で真面目なのである。いつもこうだったら良いのになー、と思うが、言ったら言ったでまたいじめられそう なので、これは心の奥底へしまっておく事にする。


「前、僕と一緒に外に行った時あったよね。あの時の事なんだけど、」
「・・・・はい?」


あっはっは、あれはかなりの迷惑でしたねー、なんて事を言えるはずもない。
そんな事を言った瞬間、わたしはこの世にいないだろう。なに、この遺言みたいな感じ。 今更あの時の事を話題にするとは、沖田さんは一体何が言いたいのだろう。 わたしは黙って沖田さんの言葉を待つ。こういうときは何も言わずに相手の出方を見る方がきっと上手く行く。


「あの時の傘・・・持ってる?」
「か、傘ですか・・・?ああ、あれから捨てるのもなんだかなーってんでずっと手元には置いてるんですけど」


一応数少ないわたしの私物だ。もう使う事は出来ないけれど傍には置いておきたくて、部屋の片隅の定位置にぽつんと 置いてある。安物だからいつかは壊れると思っていたし、別に大したことじゃない〜なんて思っていたのだが。
なんにせよ、会話が唐突すぎて、頭がついていっていない。ちょっと待って、と言う暇もなく彼は言葉を紡ぐ。


「これ、代わりにはならないかもしれないけど。良かったら君にあげるよ」
「・・・・」


沖田さんの手に握られて差しだされたのは、鮮やかに色を放つ和傘だった。 しかし、そんなあげるよだなんて、簡単に言えてしまうほどの代物じゃない。か、傘とか結構この時代だと高いんじゃ・・・!?
現代だからこそ100円でも傘は買えてしまうけれど、ここではそうもいかない。 しかもこの和傘。よくよく見てみれば細部もとても凝っていて美しい細工が施されている。こんな綺麗な傘、なかなかお目にかかれないだろう。
ほら、と軽く投げるように渡された和傘をわたわたとうろたえながら受け取って、焦る。ただただ焦る。


「そ、そんな、これ貰えませんよ!こんな高価そうなもの悪くて・・・!」
「へぇ、ちゃんでもそういう遠慮はするんだね。でも今回は気負う必要はないんだよ?」
「茶化しても無駄ですよ。貰えません。傘はいいんです。自分で壊したんだし」


慌てて、頭の中に浮かぶ文句をぽんぽんと沖田さんへと伝える。 それを聞く沖田さんはにこにこと笑っていて表面はとても良い人に見えて、でも逆にそれが怖い。 へぇ、だとかふぅん、だとかを繰り返してわたしの言葉に頷いているだけだ。


「”好意で頂いたものは取っておく”って君、さっき言ってなかったっけ?」
「そ、それはその・・・!でも沖田さん・・・あのですね!」
「しつこいなぁ。これ以上なにか言うなら、ちょっと手が滑って・・・おっと、ってなるかもしれないよ」
「・・・っ!あ、あの本当に傘なら気にしなくていいんですよ?別にそんなに大事って訳じゃないんですから」
ちゃん、あのね。これは僕が君にあげたいだけだから。だから何も言わずに受け取って」


沖田さんにそこまで言われてしまったら受け取らないわけにはいかない。何より命が惜しい感じになってきてしまった。 なんだか苛立っている。いらいらしているのが、人の気持ちを読み取るのに鈍感なわたしでも分かるくらいに。

「あ、はい・・・じゃあ、そこまで言うなら頂きます。・・・大切に、しますね」

なんでわたしがこんなに気を遣ってるんだろ、と思いつつも そこまで強制的に贈り物をされたことなど一度もなかったので、大変貴重な経験をしてしまったのである。
まぁ、嬉しい気持ちもなくもないのだけれど、と思い笑ったら、それを見咎められ軽く小突かれたのであった。







雉も鳴かずば撃たれまい




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