傘を貰ってしまってから、数日が経った。あの和傘は見かけだけが大層立派なだけじゃなくて、骨組みなども 全てが繊細に作られていた。これは作るのにかなりの月日が掛かっただろうなぁ、とほうと息を吐く。
繊細じゃないわたしに、こんな繊細なもの似合わないと思うんだけれど、あの沖田さんの笑顔はとてもイイものだったので、 つき返す事なんて出来やしない。


役立たず進行中の私ではあったが、それでもただ飯食らいにならない様に最近では秘密の修行を始めた。
「役立たず」と笑顔でいう人が脳裏に浮かんだが、別にそれが原因という訳ではない。 彼の言っている事は本当に正しくて、わたしは現時点ではお荷物、役立たず、意味不明、という最悪のステータスだからだ。
というか今の時点でのわたしの実力が知りたかったのだ。自分でもよくわからなく、把握していない状態は危険だ。
幸い今日は今にも降り出しそうな空模様であったので、調子もすこぶるいい。久しぶりにこんな晴れやかな気持ちに なった気がする。まぁ・・・空は正反対な模様なのが少し惜しいが、晴れていたら晴れていたでめんどくさいので、 丁度いい。



人気のなさそうな所まで歩いて、小さな雷を発射して遊んでいた・・・否、修行していた。
やっぱり、わたしの意思ひとつでどうとでもなるものみたいだ。 小さな雷はわたしの指先の指し示す方に小さな音を立てて、地面へと突き刺さる。
おお・・・小さな雷でもこんな威力を持っているなら、少し本気出した途端お陀仏だなぁ、とのんびり考える。 これで、音とかならない雷になったら、完璧なんだけど。気付かれずに敵を倒す事が出来るしー。
でも、それをしないのはこの力は来る時が来るまでは使わないだろうし、とそんなゆるい考えを持っていたからだ。 彼らが力が欲しいとはいえ、こんなぽっと出の女を使うまで落ちぶれてはいないだろう、と考えたのだ。 使ってしまったら、多分、それは最後の時だ。わたしが神様としての力を振るう最初にして最後の時。
・・・最初にここに来た時のはノーカウントとして、だけれど。


「斎藤!お前、さっきの話・・・本当に賛成なのかよ!」
「・・・・!」


いきなり聞こえてきた声にびっくりして建物を見やる。どうやら建物ではなく、建物を挟んだ向こう側に誰かいる様だ。 声を上げているのは、原田さんで、投げかけられているのは斎藤さんらしい。
反射的にこれは聞いてはいけない話だ、と思った。でも、聞いたところでわたしがどうこう出来る話ではない事も よくよく考えればその通りだった。
わたしが屯所内から出ず、さらには部屋からあまり出ないのも、もう今では別に命令されている訳ではない。
軽率な行動はすんなよ、と言ってわたしの規約を緩めてくれたのは土方さんだ。沖田さんとの外出許可も彼が降ろしたもの なのだ。信用されている、とは思わないけれど徐々に受けいれられていくそんな感じがしたから。 外には逆に出たくはない。


そんな中でのこの声の荒げよう。しかもそれが原田さんだというのだから、またまた不思議だ。
彼は短気な所はありながらもこんなに声を荒げる所なんて聞いたことがなかった。まぁ、原田さんは女には優しくあれ、を 信条としている様だったからそれも当然なんだろうけど。
対して斎藤さんは沈黙を保っている様だった。投げかけられた声に答える声はない。


思わずしゃがんでいた身を起して建物の向こうを見やる。 ぱんぱんっ、と和服の裾をはたいて綺麗にしてからたたずむ。

それから声は聞こえなくなった。ただ単に聞こえなくなったのか、声のボリュームを下げたのかは分からない。
わたしは黙ってそこを立ち去る事にした。どっちにせよ、ここではもう修行の続きは出来ないし。


「よし、ここならいいかな」


厳密にいえば誰も訪れない場所なんて屯所内にはないのだが、(人数の割にこの屯所は狭いから) 人通りが少ない所の方がやりやすい。
今日は天気が悪いせいで力も安定している。出来るかなーと思い指を翳しただけで、先から電流が走る様がはっきり見えた。 うわぁあああ、なんかパワーアップしてるよ。
しかも今は音出てなかった・・・!これはかなりの威力を持つスタンガンみたいなものだな。 危ない目に遭ったらこれを使ってまっさきに逃げよう、そうしよう。
そんな事を考えていたからだろうか、何気なく指を天に指したその瞬間だった。 びぃいいいん、とあの嫌な音がしたのだ。雷鳴の音ではないのに、確実に雷が落ちるであろう音。そういえば最初の時も そうやって落ちてきた。・・・でも雷が落ちた音を、彼らは聞いていない様だったが。

そうして、その時と同じか、それ以上のかなりの威力の雷が静かに落ちた。

落とした本人も茫然としてしまうくらいの威力だった。これはわたしがこっちに来てしまった時に落とした雷と よく似ているなぁ、と考える。でもそれ以上に、その雷の威力の大きさにただただびっくりするばかりである。 神様、って伊達に呼ばれているだけあるわ、これ、と他人事みたいに考える。駄目駄目現実逃避は良くない。現実を 見よう、うん。そっと穴に近寄ってみる事にする。


「どぅわぁあ、なんだこりゃ!深い・・・大きい・・・これ埋めるの大変だな」


言っている事はかなり的外れなんだと理解しているけれど、そう言うしかない。
恐る恐る近寄ってみると、深い。暗くなっていて底がかろうじて見えるくらいだ。 思わずぶるっとしてその身を抱きしめた。この力が自分の中に潜んでいたなんて。 見下ろす自分が少し怖く思えた。


「ふぅ・・・とりあえず目標はこれをどう埋めるか、だなぁ・・・どうするか・・・ってぎゃあ!」


穴の淵にしゃがんで思案していた時に急に横から緑色のものが飛び出してきた。
急なことなので慌てふためく。そうして自分の体は面白いくらいにバランスを崩し、なんとか落ちない様に、と 思ったものの、それは無理でまっすぐ穴に落ちていく。・・・ああ、わたし、不運だな・・・と思わずにはいられなかった。




「はぁ・・・どうしよう」
「ゲコ」
「ゲコじゃないよ、ちくしょー!」


穴に華麗に落っこちたわたしは穴の中から空を見上げていた。神様だって万能じゃないことがこれで証明されたね!
だって穴を掘る事は出来ても、上る事は出来ないもの。穴に落ちて茫然としていたわたしの頭にはわたしが落ちたきっかけを 作りやがってくださったカエルが乗っている。間抜けな事この上ない。
お前さえいなければ・・・!と思わずにはいられない。落ちてしまった今、そんなことはまったくの無意味なのだが。


穴から出られない、なんて馬鹿な神様今までにお目にかかった事などあっただろうか、いやない。 つーかそもそも神様なんて見たことないし。曇り空な為太陽の位置も分からないし、八方ふさがりとはこの事だ。
相変わらずゲコとしか鳴かないカエル相手にそんな事をつらつらと話していると知れたら幹部の人間は呆れるだろうか。 でも、それしかやることがない。いつも以上に暇で、しかも場所がいつもと違っても暇だなんて・・・どんまいとしか言い様が ない。
上を見上げれば遠くにうつる外の光。まさにその通り、井の中の蛙状態である。 ・・・なんだか眠くなってきたよ、パトラッシュ・・・ではないけれど、ひんやりとした外気がわたしの頬を撫でていくと 同時に、それは眠りにつくことを自然に許されたようで。 だからこのまま目をつむってしまっても構わないかな、なんて思ったのだ。





ひたり、と何かが頬に当たったと気付くまでに数秒。

「冷たい…ってえぇ?!よ、夜!?」

すでに上を見上げても光はなく、暗いままだ。カエルの鳴く声が聞こえてきて、雨の訪れを知った。
眠ってしまう前までいたあのカエルももう姿も見えない。 そうかもう梅雨の時期なのかー…って違うし!わたし穴に落ちてそれどころじゃなかった! しかしもう穴に落ちて何時間も経っている様なのに人の気配もなく、探している様子もない。


「はは…やっぱり逃げたか、と思われてんかなぁ…」

幹部で集まって、わたしがいない事について、
「どうだ、あいつ、いたか?ったく無断で抜け出すってどういうことだ・・・」
「だって気がついたらもう部屋にいなかったんだよ!オレだってびっくりしたぜ」
「逃げたのか…やはりな。いつかはやると思っていた」
「なぁんだ、結局タダ飯食らいの役立たずって事?」
「ま、所詮そんなもんだ、ってことだ。過ぎた事は水に流せっていうだろ」
「本当にどーしよーもねぇな!つーか腹減ったから先にメシにしようぜ!」


・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。


あー、すごく想像出来る。しかもすごく悪い方に想像出来る。私<飯、言わずもがな、な結果である。
彼らが仮に心配をしたとしてもそれは「わたし」の心配ではない。「雷神」の心配だ。敵対勢力に 渡るかもしれない可能性があるなら、最初に殺した方が…とか当初は言っていたのをわたしは聞いてしまっていた。
なのに一向にそんなそぶりを見せないから、少し安心していたのかもしれない。

わたしが新選組に害が及ぶ事になったら、まっさきに何よりも先に斬る事が優先されるだろう。
勘違いをするな、と言い聞かせる。そう「わたし」は「彼ら」の仲間ではない。決して仲間にはなれないのだから。
あーあーあ、毎日寂しい生活を送って、なんてことない日常を過ごしてはいるけれど、ここの生活は危険がいっぱいだ。 心底この雷神としてこっちに来られて良かったと初めて思った。殺される時になんの抵抗も出来ないままに死ぬのは 一番嫌だ。殺されるくらいなら地を這ってでも生き延びてやる。
・・・そんな決意をしたが、しかしでも、穴からは依然として抜けられないままだ。このまま誰にも見つからなかったら、 どーしよ。

そんな悲しい空気が人知れず漂った時、上から声が掛けられた。
一番わたしの事をどうでも良いと思っていそうで、一番あまりお近づきになりたくない感じの方の声である。
みなさんお分かりですね、はい。


「ああ、こんなとこにいた。ちゃん、なにやってるの?」


一番わたしの事をどうでも良いと思っていそうで、一番あまりお近づきになりたくない感じのそう、 この沖田総司と言う人はその実、誰よりもわたしの事を理解している気がしたのだ。
そうでなければ、こんな所に一体誰が来るだろう?

一体、誰が掴み上げてくれると思ったのだろう。
ぽかん、とした表情のまま間抜けな顔をしてわたしが見上げると、沖田さんは苦笑を漏らした。
呆れと、ため息が入り混じった声とその表情を浮かべていたものの、その沖田さんの表情はどこかほっとしている様に、 見えただなんて、そんな、まさか。

「こんな穴に落ちてるとか・・・ちゃんって馬鹿なの?ああ、それとも間抜け?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・ある訳ないよね。うん、ある訳ない。








掴んでくれるならば

                どこまででも落ちるのに





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