あの雷によって出来てしまった穴は埋めた事は埋めたけれど、最後まできっちり埋めきる事が出来なくて少しくぼんだままに なっている。その上あの時から降り出した雨のせいで、水が溜まって小さな池みたいになってしまっていた。
「(しまったなぁ)」と思ってももう遅い。まぁ、屯所の一角に池が出来てしまった事は内緒にして、知らないふりをしておこう。 いつまで知らないふりを通せるかは分からないけど。



穏やかな気候が続くこのところである。 わたしの心情的にも穏やかな日々が続いていた時の事だ。
まったくもって穏やかではない人がやってきた。 お決まりで許可を取らずに障子を遠慮なく開ける。同時に声も一緒に飛び込んで来た。


ちゃん、桜を見に行こうよ」
「・・・・・・は?」


思わず間抜け面で応対してしまったのも無理はない。だってもう桜の時期はとっくに過ぎてしまっている、とわたしは 思っていたのだから。 だけど沖田さんはわたしの疑問には答えずににこにこしているだけである。
・・・不気味だ・・・なんかいい事でもあったのかな・・・。


「いいからいいから。どうせ小さい頭じゃ考えたって何も出てこないよ」
「・・・ぐっ!」


相変わらずの鋭い毒舌加減である。しかもイイ笑顔、こうなった時わたしは断るすべを知らない。





「いい天気だね〜」
「そーですね・・・」
「あれ?元気ない?どうかしたのかな?」
「沖田さん・・・それマジで言ってますか?そうだったら私あなたに一発かましてやらなきゃなりません」
「あはは、怖い怖い。勿論分かってるよ、冗談冗談!」


いつもの事だけれど、この穏やかな気候はわたしには少し辛い。なるべく暖かなその光を浴びない様に、沖田さんからもらった 和傘を開いて、肩の上に乗せて転がす。それを見た沖田さんは、 そんないつも通りの会話をして道を歩く。というか2度目の外出も沖田さんとかぁ。
なんだか策略めいてる気もするけど、外に行くのはあまり好きじゃない。もちろん外には興味がないこともない。 だけどそれ以上に怖くもあるからだ。力だけだったら勝てるのは分かりきっている、でも大切なのは力だけじゃないから。 むぅ、と考え込んだわたしを見て沖田さんは声高らかにあはは、と笑った。
当然わたしはむくれる結果になった訳だがそれを気にする事もなく、沖田さんはいつもの様に前を歩く。そしていつも彼を 追いかけているのがわたしなのだ。


町を抜けて森のような自然がいっぱいの所を通り、少し行った所に人気のない開けた場所に出た。
その小高い丘になった所にその桜は確かにあった。


「・・・わ、!」
「これね、狂い咲きって言うんだって」
「・・・すご・・・!」
「あはは、また間抜けな顔してるよ」
「・・・!」


正しい時期に咲かないだけの桜は綺麗で、それでいて寂しげだった。だってやっぱり桜は春に咲いた方が幸せな気がしたから。 暖かい空気に包まれて、花をたくさん咲かせた方が良いだろうと考えた。桜も予想外だったのだろう、まさかこんな時期に 咲いてしまうなんて、と。


「最近少し寒かったからね、冬を越したと勘違いして咲くらしいんだ」
「そうなんですか・・・勘違い、・・・」
「・・・ちゃん?」
「・・・」


わたしは黙ってはらはら舞い落ちる花びらを見つめた。儚いものに人は惹かれるというけれど。わたしが黙ったので、 沖田さんは珍しくいつもの表情を消して隣に寝転んだ。なのでわたしも隣に腰をおろす。 わたしの持つ和傘の影が沖田さんの顔に影を落とす。眩しげに細められた沖田さんの瞳が少し開く。
沖田さんもこの桜を見て、なにか思うところがあるのだろうか。 そう、日頃の行いだとか。まぁ見直してくれれば、わたしの毎日もかなり安心出来るのだけれど。
黙ったままで桜を見るわたしたちは端から見れば不思議だったかもしれない。でもそんな沈黙は気まずい感じではなく、 むしろ自然だった。沖田さんが何を思ってここまで連れて来てくれたのかは、さっぱり分からないが、桜を見れた事は 良かったと素直に思える。ありがとう、沖田さん。とは思ったが口には出さないでおく。出したら最後、あのいつもの 笑顔が彼に貼りつくだろうから。


「ねぇ?ちゃん」
「はい?」
「ちょっと聞いてもいいかな。あのね、」
「いや、まだいいですよ、とか言っていないんですけど」
「そんな事はどうでもいいんだ。重要なのはね、そう」
「ふぅ・・・いつも通りですね。それで、なんです?」
「もしどうしても強くなりたい時に・・・・、やっぱいいや。そうだな、ちゃんならどうする?」
「強く、なりたい・・・ですか?難しいですね、強いっていうのはやっぱり力だけじゃないと思いますし」
「ふぅん、神様の君でもそういう事思うんだね。神様は万能って訳じゃないのかな?」
「わたしが?万能?・・・面白い事言うんですね。神様だからって全て上手く行くわけでもないのに」
「雷様の君が言ってもあまり現実味は沸かないなぁ」


はは、と笑いながら答えるわたしに沖田さんはそんな感想を漏らした。
雷神、神様、雷様、いろいろと言われるわたしだけれども、何度も言うが強くない。それは当り前の事だ、 誰にも言っていないから分からないだけで、わたしは確かに現代人で、普通の一般人だったのだから。


「逆に力があってもなんにも変わらないんです、多分」
「力があれば・・・力があれば近藤さんの刀となれる、それだけで僕にとって十分だよ」
「そういう・・・考えもあるんでしょうね。沖田さんらしいなぁ、と思います」
「僕は刀があればいい。力があればいいんだ。それが僕だから」


そう思うのならば、それでもいいと思う。彼の瞳は確かに真剣で、それはわたしの好きな瞳だったから。
刀を振るう、力を振るうという事だけに人生をすべてつぎ込む、それはこの時代の人間には良くあること、だと 思う。確かに、やられるのにそれをそのままにしておく人などいない。
この世界は過酷だ。合言葉はやられる前にやれ、だ。そんな考えは本当はしたくはないのだけれど。
わたしが零したため息を目ざとく聞き取ったのだろうか、沖田さんが目を開く。
・・・今更だけど、この人サボりとかじゃないよね?日向ぼっこに付き合わせたとかじゃないよね、うん。 そうなったら後が怖い。主に土方さんだとか土方さんだとか土方さ・・・、そんな事を考えていたので、 一瞬沖田さんの呼びかけに気がつかなかった。慌ててはい、と返事をする。


「・・・ねぇ」
「なんですか」
「君がもしいきなり逃げたとして、それで」
「沖田さん・・・どうしてそうなるんです?そんなにわたしを斬りたいですか」
「例えばの話だよ。それでどこかへ行ってしまったとしたら、」
「それこそ有り得ない話です。わたしはどこにも行かないですから」
「本当に、強情な子だなぁ。例えばの話も出来ないなんて」


例えばの話をしないようになったのはあなたのせいです、と口から出かかったが必死で留めて微妙な笑顔を作る。 そんな話したら、一発で斬られる。問答無用で斬られるに違いない。でも、わたしは斬られる事になったら、 あそこを出ていくしかない。出て行きたくはないのに、出ていかなければならない。 それはとても辛くて、同時にとても困る。お供え物だけで暮らしていけるほど簡単な世界ではないし。 だからわたしは丁寧にそんな嘘をあたかも本物のように綺麗に包んで答える。


「どうしてもあそこから逃げなければならなかったとしたら・・・それでもきっと戻ってくると思います」
「・・・戻る?逃げたのに?」
「だから逃げる事はありませんってば・・・でもどっかに行っても戻ってくると思います、そんな気がするんです」
「そっか。ちゃんはちゃんと戻ってくる名犬って訳だね」
「い、犬扱いですか・・・!」
「なに、犬じゃ不満なの?」
「そりゃ犬扱いじゃ誰だって不満に思います!しかも誰も沖田さんの所に戻るとは言ってません!」
「まぁ・・・そんな事はどうでもいいじゃない」
「良くないですよ」


自分から振った話題なのに、めんどくさいなぁ、と呟いて再び瞼を閉じて草の上に寝転がる彼は、かなり勝手じゃないかと 思いつつも、そんな自由な沖田さんは実に彼らしい。
ちょっと笑ってしまい、それを咎められる。青い空が広がって、髪がさわやかな風に揺れる。 ふ、と沖田さんを見つめると、その沖田さんが一瞬ぶれて見えた。それと同じくノイズの様なかすれた音が 耳に飛び込んでくる。・・・今のは?と思わず目を細くして歪めてみる。息を呑む。


「お、沖田さん!・・・沖田さん!!」
「・・・うるさいなぁ。ごちゃごちゃ耳元で叫ばないでくれる?」
「・・・あ!・・・ご、ごめんなさい」
「だから・・・、・・・!」
「どうかしました?」
「何でもない。早く屯所に帰ろう。君のビリビリは目立つし」
「あー微妙に光ってますもんね。夜は目立ちます」


慌てて沖田さんを呼んで起こしたけれど、歪んだように見えたのはその時の一瞬だけで、それからの沖田さんはいたって普通に見えた。 もしかして私の勘違いだったんだろうか。そんな事を考えるわたしをじっと不審げに見つめる沖田さんである。 無理もない、うたた寝途中の気分のいい時に起こされたのだから。
それにしても、沖田さんが一瞬ぶれたのは何だったんだろうか。まさかこの年で老眼という訳でもないのに。 変なの、と呟くと君の方が変だよ、と答えを返された。・・・違うってば。





だから、の言葉の先は続かなかった。だって今一瞬彼女が消えて見えたのだ。
うっすらと、溶けて消えてしまいそうだった。は、と手を延ばした瞬間また元の色を取り戻したので、とりあえずは 安心したのだが。だけど、でも。

強い事は分かっている。けれど彼女は決して強くなんかないと言い張る。
雷神である彼女が強くないと言うなら、人間はどれもこれも弱い者ばかりだ。だと言うのに、そう僕が言うと彼女は また泣きそうにも見える笑顔を見せて、

「いえ、皆さんは違います。強い、わたしなんかよりずっと、」

ここが、と指し示すのはどくどく音を立てる心臓で。彼女を 見遣れば、こころが強いのだ、と確かにそう言っていた。



やはり桜は最後まで寂しそうにその枝を揺らすだけだった。名残惜しく、振り返るもののその姿は変わらない。 自分の名前を遠く前の方から掛ける沖田さんに急かされて、その場を後にするのだった。









哀しいなんて

    嘘に決まってる





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