私は役に立ちたくても、役に立てない歯がゆさを知っている。 わたしがいつか、消えてしまう事があったとして、それは仕方ないという一言で終わってしまう。 頭のどこかで考えているのだ。・・・わたしはこの世界の人間ではないから、大丈夫だって。 目の前の人が苦しいと叫んでも、助ける事すらわたしには出来やしないのだ。もっと・・・もっと力を持ったとしても、 それは出来ない。わたしが、雷神という力しか持たない神だから。厄介だと罵られることしか出来ない。 沖田さんと桜を見に行った頃から、ノイズが走り意識が歪む事が多々ある様になった。 いぶかしげな顔を何度も屯所の人達にされてしまったけれど、わたし自身なにか心当たりがある訳ではないので、 適当に笑顔でやり過ごしていたのだけれど。 「ちょっと、顔貸してくれないかな、ちゃん?もちろん、断る事なんてしないよね」 その日、 そう行ってわたしの前に仁王立ちした沖田さんはわたしに純粋に恐怖を抱かせた。 怖かったけれど、ここで逃げるわけにもいかず、すごすごと後を着いて行った。なにこれ、同意の上での誘拐? 沖田さんがあんな顔をするなんて、・・・初めて見た。 「あの、沖田さん。どこまで行くんです?」 「そうだなぁ、・・・・この辺りでいいか」 幹部の部屋に面している為に滅多に平隊士たちは来ない中庭の隅で沖田さんは立ち止まった。 無言で歩いたあの距離が永遠にも感じられて、焦れたわたしが声を掛けると彼はくるりと振り向いた。 その表情は固い。 「また倒れたんだって?」 「ふぅ・・・その事ですか?倒れてません、ちょっとふらついただけです」 「それが何日も続いているのはおかしいとは思わない?ちゃん」 「・・・大丈夫です」 「どこが大丈夫なのさ、この前だって・・・、」 「この前・・・?」 訝しげに首をかしげて見せると、沖田さんは苛立った表情を見せた。 はっきりしないわたしの態度に苛々しているのが手に取るように分かった。あのノイズや立ちくらみはもう治らない。 わたしがこの世界にいて、この世界で存在している限り、治るようなものではない。 良く分からなくて、はっきりしないこの事実の理由をわたしは知らないし、説明できるようなものでもない。 でもそれを何故沖田さんが怒るのかが、まったく分からない。 わたしが思うに沖田さんは、どうでも良い人間にはかなり無関心だ。 自分の中にちゃんとした線引きがなされていて、どうでも良い人間に対しては容赦がない。 だから、構ってくれているのには何か訳があるのでは、とも思ったのだけれど。 「沖田さんが気にする事じゃないと思いますけど」 「・・・ふーん、そういう可愛くない事言うんだ。へーぇ」 「えと、あ・・・」 やべ、と思ったのは一瞬だ。 わたしの何気ないこの一言は沖田さんを完璧に怒らせた。だってなによりかなりの笑顔だ、だけど目の表情は怒ってる。 紅蓮の炎が立ち上がる様が見えると、錯覚してしまいそうになるくらいに。 だから謝罪の言葉を口にしようと、したその時だ。 「そうやって誰の手も取らずに生きていくの?神様ってそういうものなのかな」 「…っ、」 ぽつりと呟いた一言は彼の本音なのだろうか。 それ以上を聞きたくなくて、わたしはくるりと踵を返し沖田さんに背を向けた。 けれどその瞬間、すさまじい力で手首を捉えられて体を反転させられた。 あまりの勢いに呆気に取られて声もでない。だが、目を逸らす事も出来ないくらいに目の前の沖田さんは 険しい表情をしていた。 わたしはその理由が分からない。なんでなのか、どうして沖田さんがそんな顔をしなくてはいけないのか。 戸惑うわたしを放ったまま、沖田さんはそのままだ。中途半端に宙ぶらりんな握られた手首が痛い。 「あの、…離してください」 「やだよ。君が本当の事を言ったら、ね」 「…なにを言えば良いのか、検討も付きません」 「…嘘つき。ちゃん、君は諦める事に慣れ過ぎてるよ」 「そんな事、ないです。だから、離してくだ「離さないよ」 どうしてこの人は簡単にわたしに触れてしまうのだろう。わたしからは意識しなくても微量の電流が流れだしている と言うのに。その気安さが怖くてたまらなくて。なのに沖田さんはさらに言葉を募る。 「離して欲しい?干渉して欲しくない?入ってこないで欲しい?・・・全部見えてるから、だから」 「・・・・!」 「ちゃんはもっと、もっと・・・、」 沖田さんの言うことはもっともな事ばかりだ。 この屯所に住んで、お世話になって、毎日を過ごしているくせに肝心な所は何一つ見せない不審なわたし。 だけどこの日に日に広がっていく視界の歪みが、ノイズがまるでわたしをこの世界から閉め出そうとしている みたいで・・・世界がわたしを拒絶しているみたいで。 それに加えて、もしこの身体から流れ出す電流で、彼らを傷つけてしまったとしたら。 それを考えると、怖くて、震えて、どうしようもなかった。 その度に諦めてはいけない、と言って自分を奮い起こしたけれど、ふと我にかえる。 「(…わたしがこの世界に残せるものなんてない)」 いくら崇められていても、馴染んで来たとはいっても、わたしがこの世界に来た意味をわたしはまだ知らずにいる。 分からない事ばかりで、誰かに教えてと助けを請う事が出来たなら、どんなに良かっただろうか。 でもそれは出来ない事だ。首を振り沖田さんの言葉をただ否定する。 「どうして君は、いつも自分から手を放そうとするの?」 「・・・沖田さん・・・それは、」 「そうやって何もかも手放していくつもり?そんなの・・・そんなの僕は認めない」 きつい口調で、なにもかもを拒絶してしまうようなのに、わたしにはその言葉がとても暖かく優しいものに聞こえた。 だってそんな事を言ってくれる人が今までいただろうか。じんわりと暖かくなる心を確かにわたしは感じた。 怖いのに、触れる事がこんなにも怖いと感じるのに、それでも少し嬉しいと感じてしまうのは何故? 認めない、と吐き捨てるようにいった沖田さんはそのままくるりと背を向けてしまう。でも立ち去る事はしない。 ああ、いつもの光景。わたしは決して沖田さんの隣には立った事がない。 沖田さんは後ろを向いたままなのに、俯くわたしが気配だけで分かったのだろうか。 表情は分からない、どんな事を思っているのかも分からない、それでも小さく投げかけられた声は酷く優しく聞こえた。 「お願いだから・・・無理をしないで」 「・・・・?」 「君を見ていると・・・なんだか、」 「沖田さん?」 その言葉の後は聞こえなかった。だけれど心配してくれているのは分かった。だから頷いた。 大丈夫、無理はしない。きっと何があっても沖田さんの傍にいるから。 約束して、と強い言葉で促される。約束、そう呟くと沖田さんはまた頷いた。 きらきらと眩く光る爪先が 消えていきそうで (あまりに君が間抜けすぎるから。僕はついつい油断して背を向けてしまうんだよ) (back) |