その日も時間が許す限り、ちゃんが作った(おそらく彼女自身作ったという 自覚はないだろうが)池の前に来ていた。
ちゃんがいなくなってしまってがらん、とした部屋にいるのは酷く辛い。自分が無理矢理押し付けた和傘が部屋の 隅に転がっている。思い出す、思い出してしまう。だけど時間と共に消えていく 思い出。それが沖田には1番辛く感じられた。
彼女の事を想うと、ぐらぐらしてたまらない気持ちになる。 彼女の力が抜けた表情を見るのが大好きで、いつも自分だけがそれをふとした瞬間に見つける事がたまらなく嬉しかった。 いらいらはすでに形を変えて、こんなにも深く大きな暖かいものになるだなんて思いもしなかった。
もう、何度この想いを捨てようと思った事か。絶対にもう叶うはずもない想いを持ち続けるなんて馬鹿げてる。


いなくなって初めて感じたこの感情に気付く事はたやすい事だった。
ただ気が付くまでが長く、気付いた今となってはどうする事も出来ないのだが。・・・人はそれを鈍感と言う。
むしろ自分は勘は良い方で、鈍くはないと思ってはいたのだが。

馬鹿げてる、こんな無謀な想いを持っていてもどうすることもできないのに、それでも 毎日の様に池に向かう沖田を見て、幹部たちは咎める事も何か言う事もしなかった。






ゆったりとした日の光が沖田に降り注ぐ。風がゆっくりと髪を撫でた様に感じら れて。そっと目を閉じればすぐに甦る。面白くない事ばかりで、むしゃくしゃし て八つ当たりをする時期も過ぎた。
雷神の名はすでに人々の記憶の片隅くらいにしか残っていないだろう。


その事に少し苛立ちを感じながら、池の真ん中に石を投げ付けた。すると波紋が 広がっていく。風もなくさっきまで静かだったはずの池から波紋が消えない。
何度も何度も波が立つ。最初は面白くなさそうな顔をしていた沖田だったが、その 池の様子に眉を潜める。そうしてもう一度ややあって投げた。




その時、気候が変わった。池に立つさざ波に応える様に、分厚い雲が瞬時に空を 覆う。いきなりの変化に沖田が戸惑っているうちに、その雲は渦を巻き出す。
まるでなにかがそこから生まれ出るかの様に。なんだ、これは…。一体…? こんな天気はまずない。見たことがない。


「…こりゃあ、雷雲か?」
「ここまでのものはなかなか見れませんが、確かにそうです」
「土方さん、一くん…」


横からの声に、上を向けていた視線をそちらに向けると、いつのまにか側に二人が立っていた。


「なんだその目は?…俺だってたまには息抜きをしようと思う事くらいある」
「…そうですか」
「なるほど、これは一嵐来そうだ」
「さっきまで晴れてたのに…なんで、」
「そりゃお天道さんの気まぐれだな」


なんですか、それ、と答える沖田の声は掠れていた。
すると、駆け寄ってくる影が3つ。3人が来たと同時に周囲は騒がしくなる。


「急に天気が変わったかと思えば・・・」
「これ、雷雲だよな!ここまで大きくなるやつは久しぶりじゃないか?」
「ああ、そうだな・・・これはもしかして、」


たかだか急激に変わった天気だけだ。特にそんな事について話す事はいつもはない。
けれどこの時ばかりは違った。空は雲で覆われ、時々光る。あの光はもしかして彼女のものであるのではないかと、 一瞬沖田の思考を過る。雷鳴が遠くの方からこちらへ近づいてきているような気がする。

そんな事ある訳ないのに、とかき消す思考はいよいよ動きを止める。
どこかで期待しているのだ、自分は。そして、その事に酷く心がかき乱されている事も、もう否定はできない。

誰もが言わなくても、その事実に気が付いていた。もしかして、でも、それは。
沖田の視線は空から離せなくなっていた。






憧憬と恋の病との関連性




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