希望は潰えてはいなかった。
沖田は胸の中で呟いた。それを1人でずっと信じて信じて信じて、それでいて何も変わらない毎日に嫌気が差していた。 あの時が巻き戻ればいいのに、と何度もそんな馬鹿げた事を考えて。
彼女に、そう。ただ・・・・自分はどうしようもなく会いたかったのだと。

そうして、捨てようとしたその想いにまたしても気が付かされたその時だった。急激に空は形を変える。
そしてとうとう大きな稲妻が突き刺さった。思わず目を反射的に瞑った。・・・そろりと瞼を持ち上げる。




中心に突き刺さるように空から落ちた雷から水の輪が広がる。
衝撃と熱で、水が蒸発し、あたりはもやがかかったようだ。 さざ波のようにざわざわと揺れる水面は、何かを生み出そうとしていた。 そう、なにかが、水の中から湧き上がってくる。ここは浅くて、潜れるほどにも深さがないのにも関わらず。

誰もが凝視して動かなかった。なにか、そう、この世のものではない何かが生まれでる瞬間に確かに僕らは いるのだから。そう、そしてそれは人の形を成した。ゆっくり、ゆっくりと。


そうして、軽くもやが掛かった中、それはゆっくりと立ち上がった。ちゃぷん、と音が鳴る。
見えないけれど、確かに、その相手はそっと笑った気がした。間違えるわけ、ない。見間違えたんじゃない。
ああ―――、ここまで焦がれた感情を今までもった事があっただろうか。
喪失感でいっぱいだった胸の内は、ついに期待へと姿を変える。 そんな、まさか、だって。 だって彼女はいなくなったはずで、あの約束もすでにもう守られるはずがなくて、戻ってくるはずなくて。 そう、僕はもう止めたはずだ。あまりにもこの無謀なこの想いを、捨てた、はずだ。
でも、彼女は確かにそこにいる。僕はもう、たまらない気持ちになった。思わず走り出す。 水の中に入って、じゃばじゃばと水をかき分けながら彼女の元へ進む。

水の中を進む足は、重くて、重くて 自分を叱咤したい気持ちでいっぱいになったけれど、それよりも先になんともいえないこの気持ちが僕の 足を動かした。そして、彼女の手をぐいっとひっぱって、自らの腕に閉じ込めて思いっきり抱きしめた。
勢い余って後ろへ倒れこむ。ああ、ここが水で良かった。地面だったらかなりの勢いで 頭を打ってしまっただろうから。波が水面を這う。自分の腕の中にいる彼女が息をのむ気配がした。


「・・・・おかえり・・・っ、
「・・・・ただいま、沖田さん」


この声をどれだけ待ち望んだ事だろうか。それは、もう永久に叶う事はなくなり潰えた夢。
だけど、夢じゃない。僕の目の前にいる彼女は幻なんかじゃない。 それがどれだけ嬉しい事か、彼女には全然分かっていない。水面から起こして、ゆっくりと彼女を見る。 彼女は――は首を軽く傾げた。
これは彼女がよくやる癖だ。顔に張り付いた髪をそっと耳にかけてやる。


「無事、だったんですね。安心しました、沖田さん」
「君、は・・・これ以上僕に心配を掛けさせるつもり?全然、無事なんかじゃ、なかったよ」
「それは、・・・その、すみませんでした」
「相変わらず、可愛くない事ばっかり言って。君は、」
「ええ、わたし可愛くな・・・っ!」


耐えきれなくなって、全てもう本当に失わずに済むと知って、安堵する気持ちでほっとして。
思わずもう一度きつく彼女を抱きしめた。彼女に僕のこの顔を、この表情を見せたくなくて。
泣きそうになってしまった自分がいるだなんて、思いもしなかった。 はびっくりしたように黙る。そして、僕の背にそろりと、腕を回した。 もう二度と無くしたくない、そんな想いが僕の心を支配した。


「でも、君がいない日々は恐ろしくつまらなかったよ。思わず名前を呼んじゃうくらいにはね」


でも僕の口から、かろうじて口から出たのは、そんな言葉、だなんて。一体だれが想像しただろうか?
あはは、新選組一番隊組長の沖田総司が笑っちゃうよね。





かみさまに恋をした




back